ニュースが好き

政治でも経済でもアニメでもニュースなものが好きです。

★「誘致決定・大阪万博の「本当の経済効果」についての話をしよう、試算だけでは分からない大きなメリット、「負の遺産」再生のチャンス」(高橋洋一 現代ビジネス)&美人過ぎる八王子市議佐藤あずさ氏の引退理由は#MeToo案件。ダブスタだらけのリベ界隈(みやわきチャンネル(仮))



美人過ぎる市議の引退理由は#MeToo案件。ダブスタだらけのリベ界隈|みやわきチャンネル(仮)#286




髙橋 洋一


経済学者


嘉悦大学教授




「負の遺産」再生のチャンス



2025年の万博開催地が大阪に決まったという朗報が、11月24日未明に入った。開催地として立候補していたのは、大阪のほか、アゼルバイジャンのバクーとロシアのエカテリンブルク。フランスのパリが途中で立候補から離脱したのは大阪にとっては好ましく、欧州諸国は日本に好意的だった。



しかし、アゼルバイジャンはオイルマネーにものを言わせたし、ロシアも中国とのタッグでアフリカ諸国を固めて三つ巴の戦いとなっており、予断は許さなかった。最終的に大阪に決まったのは、大阪府と大阪市の歴史上かつてない緊密な連携関係に加えて、国や財界の後押しがあったからこそ。まさにオールジャパンの勝利だったと言っていいだろう。



1964年に五輪を開催した東京は、56年後の2020年に再び五輪を開く。そして1970年に万博を開催した大阪は、55年後の2025年の万博を開くという、日本の2大都市による国際社会への再アピールの機会と言えるだろう。





どれほどの効果が期待できるのか、という批判的な声もあるが、大阪の都市開発は1970年の万博が起爆剤になっている。特に都市交通網の整備が著しかった。



今、大阪市の西側には広大な未開発地区がある。ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)の少し西にある人工島の夢洲(ゆめしま)がそれだ。面積3.9平方キロメートルのほとんどが更地である。東京の臨海副都心(お台場)が4.4平方キロメートルなのでほぼ同規模だ。



夢洲はもともとバブル期の乱開発があったため、大阪の「負の遺産」ともいわれる。大阪市民が訪れることも少なく、忘れ去られた存在だ。だが、鉄道ができれば大阪駅から30分の至近距離だ。



東京のお台場の開発もバブル期に計画が頓挫したが、地道に開発を続けて、その後、多くの商業施設や住宅が建設され、今では成功した再開発モデルになっている。東京では得難い自然環境もあり、都心へのアクセスも容易なので、高い地価も維持している。



東京人の筆者にとって、大阪で夢洲が負の遺産のままであることは信じがたい状況だった。大阪万博は、湾岸の最後のフロンティアといわれる夢洲を有効活用するチャンスだ。



このことは2014年当時、橋下徹大阪市長と松井一郎大阪府知事が提唱し始めた。同時に統合型リゾート(IR)の候補地としても夢洲を推している。このまま夢洲を「負の遺産」のままにしておくのか、誘致活動のコストをかけても再生・活用するかの究極の選択となっていたが、維新コンビは後者を選んだわけだ。



さて、これまでの万博誘致コストは、国、大阪府・市、民間団体合わせても30億円程度であった。対して、開催された場合の経済効果は2兆円といわれており、まったく効率的な先行投資だった。これまで夢洲などに投じてサンクコスト(埋没費用)と化していた1兆円が「意味のあった投資」に変わる可能性も考えられる。



今回は、投資決定理論(サンクコスト論)からみても、万博誘致は正しい選択だったことを示そう。



本コラムの読者であれば、この理論を築地移転問題でも使っていたことを覚えているだろう。2016年9月5日付けの記事「築地市場は一刻も早く移転せよ! 都民のことを思うなら答えは一つだ」(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/49645)がそれだ。



一般的な社会人なら誰でも経験していることだが、組織で仕事をすれば、前任者からの引き継ぎ案件というものが必ずある。引き継いだ側から見てみれば、前任者の計画ややり方に疑問点があることもしばしばだ。しかし、その責任追及ばかりしていると先に進まない。責任追及は別でやるとして、前任者のやろうとしたことを所与のものとして進めるのが普通だ。



多くの場合、意思決定ではそうした場合に出くわすことが多いので、経済学にはサンクコストという概念がある。これは「それまでにいくらカネをつぎ込んだとしても、それは返ってこない、埋没したコスト(SUNK COST)だから、その後の意思決定においては、追加で掛かる費用だけを見て、それによる便益との関係で投資判断すべしだ」というものだ。



大阪万博の場合、基礎とする資料は、2017年4月7日に経産省の検討会が公表した報告書だ(http://www.meti.go.jp/press/2017/04/20170407004/20170407004.html)。



そこには、経済効果として、下表が掲載されている。






報告書には、「主催者・出展者等による会場整備に関する建設費は約0.2兆円で、その全国への経済波及効果は約0.4兆円である。主催者による会場管理費や出展企業の出展費用等の運営費は約0.2兆円で、その全国への経済波及効果は約0.4兆円である。来場者等による交通、宿泊、飲食、買い物、サービス等への消費支出は約0.7兆円で、その全国への経済波及効果は約1.1兆円である。」と書かれている。



「夢洲には1兆円もつぎ込んだのだから、コストは1兆円以上ではないか」という指摘もあるが、これはサンクコストである。夢洲を作るのにそれだけのかかったのは事実だろうが、それはそもそも万博プロジェクトのコストではない。



今回の万博誘致で競っていたアゼルバイジャンでは、新たに人口島を作る計画があり、そのコストは11兆円と超高額であったようだが、大阪ではそうした新たなコストは必要でなかったのだ。これは、過去の失敗作を有効活用したものだ、とも言える。



さらに、表の注にでているが、主催者としての費用は、建設費1250億円、運営費830億円の計2080億円だけだ。入場者数は3000万人を見込んでおり、入場料は今のところ4800円(大人)なので、入場収入は1000億円を超えるだろう。それに関連商品収入を加えれば、「主催者費用」は元が取れる計算だ。



もちろん、今後の状況では主催者費用は膨らむ可能性はあるし、入場料収入なども下がる可能性もあるので、主催者収支は赤字になる可能性もある。



もっとも、建設費・運営費の全国への波及効果は0.8兆円、来場者などによる消費支出は0.7兆円で、その波及効果も1.1兆円あると試算されている。万博をプロジェクトしてみれば、0.2兆円の投資費用で、2.6兆円の便益がある、ともいえる。つまり、投資効率が10倍以上もあるという「滅多にない優良案件」というわけだ。



これだと、多少費用が増加しても、入場者数が減っても、投資する価値があるという結論には変わりない。



まあ、少し考えれば、万博は出展者が費用持ちでやってくるのだから、この種のイベントでは主催者が儲かるのが当たり前だ。



それでも、代替案も出さずに万博を批判する人もいる。そうした文句をつけるのは左派系の知識人に多い。たとえば、朝日新聞「『金が欲しい』以外に動機ない 万博に懸念の声も」(https://www.asahi.com/articles/ASLCS31FPLCSUTIL001.html)などがそれだ。



批判的な人の多くは、誘致に失敗した時には誘致活動にカネがかかったことに文句を言うはずであり、残念ながらその文句が言えなくなったため、開催そのものに異議を唱えるようになった、と理解すべきだろう。



批判の中には、こうした試算は当てにならない、外れると頭から決めつける意見もある。だが、この種の試算はいろいろな機関で行われており、公的機関では産業連関分析の手法を用いて行われている。この手法はこれまでの実績もあり、最終需要と一次波及効果だけを見れば、各機関でも同様な結果が出てくる、それなりの信憑性のあるものだ。





まあ、波及効果が6兆円もあるという試算もあって、そこまではどうだろうかというものもあるが(努力次第、というところか)、2兆円という試算をもとに考えれば、万博プロジェクトは十分に採算性のあるものと理解できる。



少なくとも、過去に本コラムで同様のサンクコスト論を使って、築地の豊洲移転中断を批判したが、やはり、移転中断は理論通りに失敗した。両者を比較すれば、今回の大阪万博誘致はサンクコスト論にも合致し、はるかにまともだ。



IRとの相乗効果も



しかも、維新は万博とIR(総合リゾート計画)をセットにして誘致を図ったわけだが、この狙いの半分は既に成功している。IR推進法は2016年12月、IR実施法も2018年7月にすでに成立済みだ。



松井府知事が代表を務める日本維新の会は、これらの法律の制定化に大きな貢献をしており、大阪・夢洲がIR地区に指定されるのはほぼ確実な情勢だ。IRはカジノと同一視されるが、カジノはIR施設全体の3%程度に過ぎず、それ以外の施設の比率が大きい。ちなみに、IRについては、大阪府の試算では経済効果は1.9兆円程度となっている。



大阪府と大阪市は、2020年度IR区域認定、2024年度IR開業、2025年度大阪万博開催というスケジュールを目論んでいる。今の大阪府と大阪市の協力体制が継続して、この予定通りになれば、大阪の発展の起爆剤になるだろう。ちなみに、関西圏のGDPは80兆円ほどであるが、大阪万博とIR両プロジェクトの推進は、関西圏の経済にも大きな影響を与えるだろう。



それにしても、「万博とIR」という組み合わせを、左派はどうやら本能的に忌み嫌うらしい。一体何が悪いのか、筆者にはさっぱりわからない。IRはしばしばイコールカジノと捉えられるが、IRのうちカジノ施設が占めるのは全面積の3%程度に過ぎない。残りはレジャー施設や宿泊施設だ。



加えて、カジノと比べれば既存の国内ギャンブルの当選金率は低い。宝くじは45.7%、公営競技は74.8%、サッカーくじは49.6%だ。事実上ギャンブルといえるパチンコについては、出玉調整があるので、事前に当選金率がわからない。この意味ではギャンブル以前の問題がある。それでも事後的な当選金率は8割程度といわれている。一方、カジノは国際標準で行われれば、95%程度である。



当然、当選金率が高いものに人は集まりやすい。つまり、カジノができれば国内のギャンブルがカジノ中心へと移行し、その結果、その他のギャンブル依存、もっと単刀直入にいえばパチンコ依存を減らせる可能性があることを示している。新たなギャンブル依存が増えるだけだという人は、そもそもパチンコを批判しないのがおかしい。



ギャンブルは、なくなれば一番いいのだろうが、現実問題としてそれは難しい。であれば、街中にギャンブル施設を容認するのではなく、郊外で隔離し管理するというのが国際常識である。その意味で、カジノは今の国内ギャンブルよりまともである。なぜカジノにだけ特段反対の声を上げるのかが分からない。



大阪万博とIRは、いわば祭りとギャンブルへの投資である。祭りもギャンブルも何も残らない「消費」だと左派系知識人は軽蔑するが、これらへの「投資」はそもそもかなりパフォーマンスのよいもので、その恩恵を受ける人は少なくない。左派知識人は「カネ」を世の中に回すことにネガティブだが、世の中が潤って多くの人がハッピーになることを、なぜ阻止したいのだろうか。



いずれにしても、関西の3空港の整備・連携、地下鉄延伸などで大阪府と大阪市はより協力をしなければいけない。今後、重要なことは、かつてのような「府市(ふし)あわせ」を決して招かないようにすることだ。



思い起こせば、筆者と万博との繋がりは、第一次安倍政権の時である。当時筆者は官邸参事官だったので、2007年の行革で進められた「日本万国博覧会記念機構」の廃止に関わったのだ。





当時不思議に思ったのは、1970年の大阪万博会場の跡地の半分を国が所有していたことだ。他の万博である、つくば科学万博(1985年)や愛知万博(2005年)では、跡地の所有者は県である。大阪万博も、元々は大阪府の所有地で開催したが、跡地の半分を大阪府は国に売却したのだ。なぜか。



それは跡地の公園管理費を大阪府が負担できなかったからだ。それで、跡地の半分を国有地とすることで国が公園管理をやるという名目ができ、その管理のための組織となる「日本万国博覧会記念協会」が設立された(その後、さらに業務を増やして「日本万国博覧会記念機構」となった)。いわゆる天下り法人である。



そのような経緯があったので、天下りをなくすことと、そろそろ大阪府に土地を売り渡して大阪府に管理してもらうために、「日本万国博覧会記念機構」の廃止を打ち出したわけだ。





その後すったもんだがあって、結局国有地のまま大阪府が借りるという形での決着となった。「日本万国博覧会記念機構」を廃止する法案が成立したのは、第二次安倍政権になってからの2013年5月であり、実際に廃止されたのは2014年4月だ。



その過程で、関係者からいろいろと興味深い話を聞けた。大阪府の千里(吹田市)を会場にしたのは、その当時(というか最近まで)大阪府と大阪市がいがみ合っており、大阪市に美味しい思いをさせたくないためだった……ということを言う人もいた。本当かどうかはわからないが、納得できることだと思っていた。



それが、今回は、松井大阪府知事と吉村大阪市長が仲良くそろってパリでの最終決定に臨んでいる。ひと昔前の大阪の「府市(ふし)あわせ」を考えれば、隔世の感がある。



「府市(ふし)あわせ」のままだったら、①大阪は万博にもIRにも挑戦せずに、夢洲などが負の遺産のまま、となっていたか、②万博・IRの誘致に挑戦するも、万博は大阪府、IRは大阪市と分断されて、共倒れでボツになっていただろう。



今回、大阪府市民は負の遺産の有効活用をするための絶好のチャンスをもらったようなものだ。関西3空港-夢洲-大阪-京都は、関西の経済を再興するための強力な動線になりうる。その実現のためにさらなる「府市あわせ」の解消に取り組むことが必要だ。つまりそれは、「都構想」に取り組むべき、ということと同意義であると最後に指摘しておきたい。