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★【ニュースの核心】「打倒安倍」に燃える枝野氏、でも「語るに落ちた」…野党お得意の“ブーメラン”全開(長谷川幸洋 ZAKZAK)&財務省の間違った消費増税分の利用?「消費増税に財界が賛成のワケ 社会保障目的税化は邪道も…保険料は労使折半で企業負担」(高橋洋一ZAKZAK)(若干書き起こしメモ)

★【ニュースの核心】「打倒安倍」に燃える枝野氏の矛盾 野党お得意の“ブーメラン”全開(長谷川幸洋 ZAKZAK)



立憲民主党の枝野幸男代表が、憲法改正を目指す安倍晋三政権批判のボルテージを上げている。



 臨時国会では10月29日、代表質問に立って「総理、憲法とは何か、一から学び直してください」と説教した。かと思えば、11月4日には、早稲田大学で講演し、安倍首相を念頭に「ちゃんと勉強していない政治家が語るのが教育と憲法だ」と語った。



 弁護士資格を持つ自分こそが憲法について語る資格のある政治家であって、素人の安倍首相は「黙っていろ」と言わんばかりである。まさに「上から目線」そのものだ。



 だが、「語るに落ちた」とは、これではないか。



 かつて枝野氏は堂々たる憲法改正論者だった。『文藝春秋』2013年10月号に改憲私案を発表し、集団的自衛権行使はもちろん、国連平和維持活動(PKO)や、国連のもとでの多国籍軍への自衛隊参加まで憲法に明記するよう提言していたのだ(=枝野氏は昨年12月、『私のかつての私案は集団的自衛権の行使を容認していません』と語っている)。



 枝野氏が「一から憲法を勉強した」専門家を自認するのであれば、なぜ主張をガラリと変えたのか、しっかり説明してほしい。そうでないと、国民は枝野氏のような専門家でさえも「180度、意見を変えてしまうのだ」と思って、とても信用できなくなる。



それでも、百歩譲って「政治家が主張を変えるのは自由」と受け止めたとしよう。私が見逃せないのは、代表質問での次の部分だ。



 枝野氏は「あらゆる権力は憲法によって制約、拘束される」と述べたうえで、「縛られる側の中心にいる総理大臣が先頭に立って旗を振るのは論外」と訴えた。



 そうだとすると、憲法改正は「権力を縛る側」が言い出すべきなのか。それなら、自分たちこそ積極的に改憲論議を盛り上げたらどうか。



 もっと重大な問題がある。



 立憲民主党が「権力を縛る憲法」を結党の精神に掲げた政党であるなら、彼らは絶対に政権を握れないし、握ってはならない。権力を縛るのが自分の使命なのに、自分自身が権力を目指してどうするのか。原理的に矛盾している。



 安倍首相を批判した「権力者は憲法改正を唱えてはならない」という理屈は、そのまま「権力を縛る側は権力を握ってはならない」という話になって、自分たちに戻ってくるのだ。まさに、野党お得意の「ブーメラン」全開である。



 なぜ、こんなバカバカしい話になるか、と言えば、そもそも立憲主義の理解が間違っているからだ。「権力を縛るのが立憲主義」という考え方は、日本の左派憲法学者の理解にすぎない。



 私は、国民と権力(政府)の信託契約関係こそが立憲主義と考える。それは、「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるもの…権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」という憲法前文に示されている。



 枝野氏はゆがんだ憲法理解を前提に政党を立ち上げた。そのツケは「けっして政権獲得を目指せない」という自己矛盾になって、まさに彼らの手足を縛っているのだ。



★「消費増税に財界が賛成のワケ 社会保障目的税化は邪道も…保険料は労使折半で企業負担」(高橋洋一ZAKZAK)



消費税をめぐっては、「社会保障目的税化」が世間一般でも正しいと信じられているようだ。社会保障を消費税で賄うことに問題はないのか。



 結論から言えば、社会保障論からみて間違いだ。実は、1990年代までは大蔵省(現・財務省)も「消費税は一般財源であり、社会保障目的税としてはいけない」という正論を主張していた。



 しかし、99年の自民、自由、公明党の連立時に、大蔵省が当時の小沢一郎・自由党党首に話を持ちかけて、「消費税を社会保障に使う」と予算総則に書いた。これに対する批判の意味も含めて、政府税制調査会の2000年度の税制改正に関する答申では、「諸外国においても消費税等を目的税としている例は見当たらない」といった記述がある。



 ついでにいえば、消費税は地方税とすべきだ。消費税は安定財源であるので、分権が進んだ国では地方の税源であることが多い。国と地方の税金について、国は応能税(各人の能力に応じて払う税)、地方は応益税(各人の便益に応じて払う税)という税理論にも合致する。



 いずれにしても、社会保障論からみれば、消費税を社会保障目的税化するのは正しくない。社会保障は助け合いの精神による所得の再分配なので、国民の理解と納得が重要だ。



 というわけで、日本を含めて給付と負担(保険料)の関係が明確な社会保険方式で運営されている国が多い。



保険料を払えない低所得者に対しては税が投入されているが、日本のように社会保険方式といいながら税金が半分近く投入されている国は珍しい。税の投入が多いと、給付と負担が不明確になり、社会保障費がドンドン膨らむ恐れが出てくる。



 こうした社会保障論からみても、消費税を社会保障目的税にするのではなく、保険料で賄うほうが望ましい。



 保険料は、究極の社会保障目的税ともいえる。保険料といっても、その法的性格は税と同じで強制徴収であり、滞納すれば財産没収などの滞納処分を受けるのは世界共通だ。このため、保険料とはいえ、世界では社会保険「税」として、税と同じ扱いである。



 ただ、今の日本は、世界の常識になっている「歳入庁」がないという先進国の中で珍しい存在だ。税・保険料の徴収インフラができていないので、徴収漏れも多く想定されており、これが社会保障の財源不足や不公平感にもつながっている。



 財務省は、社会保障財源の確保について、歳入庁創設による保険料という正道ではなく、消費税の社会保障目的税化という邪道を進めた。



 実は、経済団体が消費増税に賛成している理由についても、鍵はここにある。保険料は労使が折半するので企業負担もあるが、消費税は企業負担がないと経済界は考えて、消費増税に前向きなのだろう。



 その上に、財務省が消費増税と法人税減税のバーターを持ち出すので、さらに経済界は消費増税に前のめりになっている。(元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)