ニュースが好き

政治でも経済でもアニメでもニュースなものが好きです。

★茨城県知事選関連記事ピックアップ 茨城県知事選挙与党勝利の政治史的裏側解説 八幡 和郎、/茨城県知事選:安倍首相は笑い朝日新聞は悲喜こもごも?新田 哲史

◆茨城県知事選挙与党勝利の政治史的裏側解説 八幡 和郎
2017年08月28日 07:30八幡 和郎



東京都議会選挙や仙台市長選挙の惨敗で打撃を受けた自民党にとって、悪循環の歯止めになるか注目された茨城知事選挙は、無所属新人でマイクロソフトやドワンゴの役員もつとめたも経済産業官僚の大井川和彦氏(53)=自民が公明推薦=が49万票を獲得して、42万票の現職知事で最多の7選を目指した橋本昌氏(71)や共産と推薦候補を破って初当選を果たした。投票率は43.48%に達して、現職と共産推薦候補だけだった前回(31.74%)を上回った。



橋本氏は、下記の資料にもあるように、これまでも自民党県連と対立することが多く、前々回は対立候補を立てられた。前回は国政選挙と近接していたので、自主投票にまかせた。



ひとことでいえば、、橋本氏は無風選挙が好まれた20世紀末の首長の生き残りだった。市町村や各種団体にきめ細かく配慮し、県議会議員にも政府にもつけいる隙を与えなかった。



ある意味でバランスは取れていたが、積極的な施策展開は臨めなかった。それに対して自民党は前々回は建設官僚を対抗馬に立てたが、今回は、民間経験がある若手経産官僚OBで新しさを打ち出せたのが成功の原因だ。



橋本氏は原発再稼働反対を終盤になって打ち出したが、いかにも、便宜主義的だった。これで、経産官僚は岐阜、北海道、三重、和歌山、広島、福岡、大分とともに8人になった。



(参考)「地方維新vs.土着権力」(八幡和郎・文春新書2012年)の要旨



茨城県では人口流出が続いて不振だったが、戦後になって鹿島のコンビナートや筑波学園都市が立地して一気に盛り返した。



この茨城県の政治は三つの点でなんとも特色的である。その第一は、公選になってからの知事がまだ四人目で石川県と並んで全国最少だということ。第二に、山口武平県会議長というとてつもない県会の実力者がいたこと。第三にかなり極端な世襲政治家の天国と言うことだ。



戦後に名知事といわれた岩上二郎は、旧制水戸高校から京都大学法学部を卒業した。戦後、瓜連町長となったが一念発起して米国ペパーダイン大学に留学し地方自治や社会福祉を学んだあと町長に復帰。キリスト教的理想主義者で、「農工両全」をスローガンに掲げた。



農民が慣れない大金を受け取ってそれを浪費し零落することが多いのを嘆き、県が主体となって、土地をいったん寄付させ、整備したのちに6割を戻し、4割を工業開発や都市整備に充て、農業の近代化と兼業先の確保を図るというプランを鹿島臨海工業地帯で実践した。余談だが、鹿嶋市という漢字表記になっているのは、市に昇格するときに佐賀県の鹿島市からの要求で、同じ名を避けるために国の策でこうなった。



その岩上のあとは、日本の統治下の朝鮮・京城(ソウル)で生まれた建設官僚で参議院議員だった竹内藤男がつとめた。筑波研究学園都市とつくば科学万博を成功させ、鹿島アントラーズの立ち上げをバックアップしてサッカーの発展にも寄与したし、「つくば市」の誕生など市町村合併にも成果を上げた。政治資金をゼネコンに頼り、収賄容疑で逮捕されたが、県勢発展への功績は大きい。



この茨城県では県議会選挙が統一地方選挙より一年早く行われている。1966年に議長選出をめぐる黒い霧事件で議会が解散したためで、同じ事情の東京都議会と、本土復帰になってからはじめて県議会議員選挙が行われた沖縄とが統一地方選挙と時期がずれているのである。



ちなみに、市町村議会議員選挙もはじめは同時だったが、市町村合併が吸収合併でなく対等合併された場合には、その時点で選挙が行われて時期がずれるので、こちらは統一地方選挙とずれていることが多い。



山口武平元県会議長は、広島県の大山広司と並び当選14回を数えた。自民党県連会長や全国都道府県議会議長会など歴任し、中央政界にも知己が多く、2006年に行われた最後の県会議員選挙の応援には麻生太郎や平沼赳夫がかけつけたほどだ。



下総地域の坂東市出身で1955年に県議となったが、上記の事件で起訴され有罪判決を受けたこともある。参議院議員選挙に出馬したが落選し県議会に復帰。1978年には県議としては異例の県連会長となった。



小泉総理とは直接に電話で連絡取り合う中だとか、陳情の時は国会議員より上座に座るなど数々の逸話を残した。2006年には85歳で県会議長、全国都道府県議会議長会会長をつとめて①国庫補助負担金の廃止・縮減、②税財源の移譲、③地方交付税の一体的な見直しという、いわゆる「三位一体改革」へ対処した。



だが、2009年の知事選挙では、現職の橋本昌に対抗して小幡政人元国土交通省次官を擁立したものの、市町村長や連合などが支持した橋本にダブル・スコアで敗れた。



このとき、民主党と県医師連盟が接近することとなり、知事選挙で橋本を支持するとともに総選挙でも民主党を支持した。その結果、総選挙では、厚生労働族のエースといわれた丹羽雄哉までが落選するなど自民党は惨敗する羽目になり、山口も2010年の県議会議員選挙で引退することになった。さらに、茨城県医師会長の原中勝征が民主党政権下で日本医師会長となって、自民党に大打撃となった。



その山口の盟友、というよりは弟分だったのが梶山静六(通商産業相大臣)。橋本龍太郎首相の後継を争ったときに、「凡人(小渕)、奇人(小泉)、軍人(梶山)の争い」と田中真紀子に評されたように陸軍航空学校出身。金丸信から「無事の橋本、平時の羽田、乱世の小沢、大乱世の梶山」といわれた。健康を害さなかったら、森首相の後継を小泉と争っていい勝負だっただろう。



また、山口が参議院議員補欠選挙に出馬したときに負けた相手が、前議員の未亡人だった中村登美。その息子で収賄で実刑を受けて塀の中に入ったのちもしぶとき生き残る中村喜四郎とはそれこそ不倶戴天の敵同士だ。




◆ ◆


茨城県知事選:安倍首相は笑い、朝日新聞は悲喜こもごも?


2017年08月28日 06:00新田 哲史


新田 哲史




この原稿を書いているのは28日未明。茨城県知事選で、自公の推した新人、大井川和彦氏が、7選を目指した現職の橋本昌氏を破った速報直後なので、朝日新聞が本日の朝刊でどのような論評をしてくるのか、また後で注目したいが、NHKが当確を報じたのは午後9時19分ごろ。大河ドラマ放送中の当確速報が多い知事選にしては、結構もつれる展開を与党側が制した。安倍政権にとっては都議選後の逆風に歯止めをかけ、衆院補選への反転攻勢となる「橋頭堡」を築けたといえるだろうが、この間の選挙戦の報道を振り返ると、朝日新聞の上層部にとっては複雑な心境に違いない。



歴史的激戦も、情勢調査の精度は見事な朝日の選挙報道



朝日新聞にとって「好材料」だったのは、新聞業界随一との定評がある選挙調査能力をいかんなく発揮したことだ。保守分裂となった今回の知事選は、いわば県民党的に勢力を形成して中央に反抗しようとした現職の橋本陣営と、県出身の元経産官僚にしてIT企業幹部を歴任した大井川氏を推す与党側との総力戦となった。



すでに日刊ゲンダイが報じているが、中盤の情勢調査では、政党やメディアの情勢調査が「大井川リード」と「橋本リード」にくっきり分かれるほど熾烈な戦いだった。このうち、朝日新聞は投票前最後の情勢報道(21日朝刊)で「大井川氏がやや先行」と報道していた。



自公推薦の新顔、やや先行 現職、激しく追う 茨城知事選・朝日新聞社情勢調査



「やや先行」という表現は、5〜10ポイント程度でリードしている状況を示唆しているというのが政界・メディア業界での「相場」だが、その後の両陣営の激闘で若干の情勢変動はあったにせよ、結果的には得票率で6.7ポイント差。投票前最後の情勢報道は、実質的な予測記事の性格があり、その点で朝日の情勢報道は「橋本リード」と読んだ他社と比べ、中盤の時点で精度を高く先を読んでいたともいえる。



情勢取材をしていた茨城総局の県政担当記者と、調査を担当した本社の世論調査部の記者は、現場レベルでの仕事はしっかりしたといえる。よくネット右翼から「朝日新聞は選挙の数字もいじるのか?」的なヤジが飛んでくるが、選挙報道ではいかに他社より早く正確に当確を報じることに血道をあげる。選挙取材の現場の記者は、どの社であろうと、シビアなリアリティーを見ていかなければならない。



「原発コンテクスト」にみる朝日の“一喜一憂”



これに対し、選挙前から本番中の世論形成や、選挙結果がもたらす政局展望に関しては、さまざまな思惑が入り得る領域だ。やりようによっては記事に“角度をつける”誘惑はつきまとう。すっかり反安倍に舵を切っている朝日新聞の上層部としては、もし自公が茨城県知事選を落とすことになれば、「都議選惨敗からの退潮止まらず」「トリプル補選前に政権に痛手」とでも書き立てるような論調を仕掛け、加計学園問題の続報追及との合わせ技で、野党と実質的に“共闘”して政局を作ることに寄与できただろう。



実際、この選挙期間中、朝日新聞が報じた「反安倍文脈の煽り記事」はこういったものがある。まず茨城県知事選の初日、橋本氏が原発再稼働反対の姿勢に踏み切ったことは、「背水の陣」を敷いた橋本氏のサプライズ的な選挙戦略であったにせよ、朝日新聞としては非常においしかったはずだ。すかさず見出しに「原発再稼働争点に」を盛り込んでいる。



茨城知事選、現新3氏立候補 保守分裂、原発再稼働争点に



さらに朝日新聞の過去記事をみていると、気づくことがある。茨城県知事選の1か月前で取り上げたこの記事だ。



(360゜)脱原発の旗、どこへ 鹿児島知事、自民との関係重視



就任1年を迎える三反園訓・鹿児島県知事が公約の脱原発の姿勢をトーンダウンさせていることを“追及”しているのだが、この記事では末文をこう締めている。




知事選で脱原発を掲げる候補者は決して多くない。来月に告示を控える茨城県知事選では、日本原子力発電・東海第二原発の再稼働の是非の判断が焦点の一つだが、保守系の2候補は立場を明確にしていない。



つまり、鹿児島をメインにした原発立地県の県政を取り上げ、脱原発の世論を煽ろうとする記事の中で、この7月下旬時点で茨城県知事選では脱原発が争点になっていないことに、社説で脱原発を推奨する朝日新聞としては「歯がゆさ」を感じているともいえる。だから、茨城県知事選の初日に橋本氏が再稼働反対を表明した時、朝日新聞の上層部は、欣喜雀躍するような気分だったに違いない。



自民党内の「反安倍」動向もつぶさに報道



そしてこの間、中央の自民党内で「反安倍」の動きがあるとつぶさにレポートすることも忘れていない。



自民議員、安倍政権への苦言聴く会設立 首相発言にクギ



よく読むと入閣待機組のグチっているだけのようにも見えるが、その2日後(27日)には、反安倍の急先鋒になってしまった石破さんを持ち上げる、大阪ローカルの動きもすかさず報道する力の入れようだ。



大阪の自民地方議員が石破氏支援の会 維新と蜜月に反発



もちろん、当人たちも、そしてこれを報じた朝日新聞のほうも、茨城県知事選との関連はさほど意識していたとはいえまいが、しかし、もし大井川氏が負けていたら、これらも政権のネガティブ材料としてカウントされていたに違いない。



….とまあ、新刊『朝日新聞がなくなる日 – “反権力ごっこ”とフェイクニュース』の発売日に合わせて(きょう28日です!)、ちょっと強引ながら(苦笑)、朝日新聞の報道視点から茨城県知事選を振り返ってみました。まあ、朝日新聞さんにとっては、選挙分析は定評通りでお見事だったと思います。ただ、選挙結果については安倍政権を追い詰めることにつながらず「残念」でしょう。本稿が辛口で皮肉を込めたように見えるので、私の新刊も「朝日新聞憎し」ありきの右翼本のように思われそうですが、決してそうではなく、是々非々で論じております。





◆茨城知事選、自民党は総力で勝利。民進党は存在感なし


2017年08月28日 13:00早川 忠孝




茨城県知事選挙で自公協力と自民党の総力を挙げての選挙戦で自公推薦候補を押し上げたということだろう。



期日前投票が前回の知事選よりかなり増えていた、ということは、公明党の支持層や自民党の熱心な活動家の方々がかなり積極的に動いていたという証拠だろうと思う。



年齢別の投票率が分かれば、若い方々がどういう投票行動を取ったのか分かるのだが、多分若い方々は高齢多選批判を展開し、若い力で茨城県を変えようと訴える新人保守系候補者の方を選んだのではないかと思う。



自民党に対する逆風も瞬間的に止んだようで、自民党や中央があれだけ前面に出ても現職知事の陣営に風を吹かすほどのことはなかったようだ。



内閣改造で国民の顰蹙を買った閣僚が一斉に退陣し、先の都議選で自民党に痛撃を与えることになった女性議員もテレビの画面から姿を消し、あの嫌な声を一切耳にしなくなったことも幸いしたのだろうと思う。



もともと候補者本人には何の問題もなかったのだから、現職知事陣営も新人保守候補者の陣営も存分にその力を発揮したということだろう。



力のある若い人には勝てない、ということである。


 戦いは、終わった。



現職知事は6期24年にわたって県政に尽くした人だということに敬意を払って、新知事は若い方々の力を借


りながら、新しい茨城県政を作り上げられることだ。



この選挙戦で県連会長の梶山氏はしっかり実績を積み上げられた。


 自民党内の反安倍・非安倍陣営の旗頭と目されている石破氏の功績も大きい。


 自民党の明日を支える小泉進次郎氏も存分の働きをした。



まさに自民党総力戦の成果だと言っていいだろう。



それにしても、この選挙戦を通じて民進党の存在感がまったくなかった、というのはどういうことだろうか。民進党の代表選挙の真っ最中だが、どうも民進党には先がないように思われてならない