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2017年1月~2月 くにまるジャパン 吉崎達彦

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溜池通信vol.608 Biweekly Newsletter January 13th , 2017
双日総合研究所 吉崎達彦
特集:トランプ政権発足へのカウントダウン

新年早々、「トランプ占い」に追われています。ホンモノのトランプ占いは、暇なときにのんびり優雅に行うものですが、こちらは間もなく発足する米国次期政権を予測するという慌ただしい仕事です。正直なところ、ドナルド・トランプ氏の昼夜を問わぬツィートを全部見ているだけで、心を病んでしまいそうな気がしています。せめて1月20日の大統領就任式以降は、少しは落ち着いてほしいと祈らずにはいられません。本号でお届けするのは、ご存じユーラシアグループによる「2017年の10大リスク」を手掛かりにした「トランプ占い」です。この政権、意外と時代の先を行く重い任務を背負っているのかもしれません。考え過ぎでしょうか?
●困ってしまった?ユーラシアグループ
新年の出だしは、ユーラシアグループの「今年の10大リスク」とともに、というのが近年の本誌の「吉例」となっている。今年も1月4日に発表された”Top Risks 2017:The geopolitical recession”(地政学的後退期)をご紹介してみたい1。
その前に2016年のTop Risksを振り返ってみると、
(1)The Hollow Alliance(大西洋同盟の空洞化)、
(2)Closed Europe(閉ざされる欧州)、
(3)The China Footprint(中国がもたらす波紋)、
(4)ISIS and "Friends"(ISISとその仲間たち)、
(5)Saudi Arabia(サウジアラビア)などが上位に並んでいる。
特に2位の欧州で、「英国のEU離脱のリスクを過小評価するなかれ」と指摘していたのはお見事と言えよう。
ISISのテロ、サウジアラビアにおける改革機運なども「当たり」である。


いただけないのは、番外編で「米国の有権者は、イスラム教徒に対して国を閉ざすような大統領を選ぶことはあり得ない」と断言していたことである。もちろん本誌には、それを非難する資格はカケラもないのだが、トランプ政権の誕生はイアン・ブレマー氏にとってもことのほかのサプライズであったことになる。
ただし長期で見た場合、ユーラシアグループの「大局観」の正確さには脱帽せざるを得ない。同社が「Gゼロ」(国際協調なき世界)をTop Riskに掲げたのは2011年のこと。それから6年、今起きているのはまさしくその通りの事態である。オバマ大統領は2013年にシリア爆撃を回避し、「米国はもはや世界の警察官ではない」ことを明らかにしてしまう。トランプ次期大統領はそこからさらに進んで、自国の利益を第一(America First)にすると言っている。米国がリーダーの地位を放棄してしまうと、世界は地政学的後退期(Geopolitical Recession)に入るのではないか。「政治リスク」を商売とするユーラシアグループも、ここまで迅速に懸念が的中するとは思っていなかったことだろう。
さて、2017年のラインナップは以下の通りである。
○2017年の10大リスク
1. Independent America (わが道をゆくアメリカ)
2. China overreact (中国の過剰反応)
3. A weaker Merkel (弱体化するメルケル独首相)
4. No reform (世界的な改革の停滞)
5. Technology and the Middle East (中東を脅かすテクノロジー)
6. Central banks get political (政治に侵食される中央銀行)
7. The White House versus Silicon Valley (ホワイトハウスvs.シリコンバレー)
8. Turkey (トルコ)
9. North Korea (北朝鮮)
10. South Africa (南アフリカ共和国)
*Red herrings(番外=リスクもどき)US domestic policy, India versus Pakistan, Brazil (アメリカ国内政治、インド・パキスタン対立、ブラジル政治)


2017年のリスク第1位は米国である。米国が「自国最優先」に走って同盟国を顧みなくなり、ロシアとの接近を図って対中強硬姿勢を見せる(1位)。すると、秋に第19回共産党大会を控えている中国は、必要以上に反発せざるを得ない(2位)。また秋に総選挙を迎えるメルケル首相は、さすがに首相の座は守るだろうが、議席数を減らして与党は弱体化するだろう。その結果は、欧州における「良識」の後退ということになりかねない。いや、もうまったくお説の通りで、上位のラインナップにはほとんど意外性がない。


●世界にとって米国が最大のリスクとなる理由
ところでこの1位、”Independent America”という言い方が面白い。そもそも筆者には、「Independentでない米国」というものが想像できない。訳語としては「わが道を行く米国」でも「唯我独尊な米国」でも構わないが、いったいどこがどう新しいのだろう。
実はこの言葉、イアン・ブレマー氏の著書『スーパーパワー Gゼロ時代のアメリカの選択』(日本経済新聞出版社)の中で使われている。ブレマー氏は2016年選挙を念頭に、本書の中で将来の米国外交の在り方として3つの選択肢を提示していた。
1. まず、今まで通りの「積極関与」(Indispensable America)を続けることは、国民が既にそれを望んでいない。また、昨今の米国は政治的泥仕合のせいもあって、世界でふさわしいリーダーだと思われてもいない。
2. 次に「限定関与」(Moneyball America)、国力の限界を意識して、最小限の努力で国益だけを守るという選択肢もある。だがそういう冷血な思考は、米国内で支持されない。米国は「ニューヨーク・ヤンキースのように」特殊な存在でなければならない。
3. しかるがゆえに、「国内回帰」(Independent America)が結論となる。イラクやベトナムのように弱い相手であっても、自分よりも真剣な敵を打ち負かすのは難しい。そのことを学習した米国は、もう対外的な冒険をすべきでない。内政に専念していれば、少なくとも高くつく過ちがずっと減るだろう。
つまりブレマー氏による2年前の思考実験でも、米国が「わが道をゆく」(内政に専念する)ことが妥当な結論とされていた。はて、これは異なことを。米国という国は、「部活(対外関与)を辞めたら、学校の成績(国内政治)が良くなる」ような生徒ではあるまい。特に今日のように国内世論が割れているときに、内政に専念しようとしたところで前向きな合意ができるかどうか。今のまま部活を続けてくれる方が、少なくとも日本としては安心なのに……というのが当時の感想であった。


実際の選挙戦においては、ヒラリー・クリントン候補が1と2の中間くらいの論陣を張り、これに対してトランプ氏は3を主張して、最終的にはそちらが勝った。ゆえに今後の米国の外交方針が決した。ところが今になってみると、トランプ次期大統領が目指す「国内回帰」とは、かなり過激なものであることが分かってきた。単に内向きになるだけではなく、「今まで外国に獲られていたものを取り返す」と言わんばかりの攻撃性を秘めている。今や米国が被害者意識をむき出しにして、戦闘モードで海外と向き合おうとしている。世界にとって、これほどのリスクがほかにあるだろうか。



●トランプ氏がシリコンバレーに敵対する理由
もちろんトランプ氏の過激な主張が、そのまま米国民の総意であるとは言えない。それにしても、かくもイレギュラーな指導者が選出されたということは、その背後には相当に鬱屈した「民意」があることは想像に難くない。
ご本人の言葉を借りれば、トランプ政権を生み出したのは”Forgotten man and woman”(忘れられた人々)であった。悲惨な状況にありながら、過去のワシントン政治ではまったく顧みられることがなかった白人中高年の労働者階級、もしくは低所得層の強い支持があった。
その彼らは、自由貿易や不法移民に対してルサンチマンを有している。トランプ氏の過激な公約は、「忘れられた人々」の期待を背負っていると考えなければならない。
その点で興味深いのは、Top Risksの第7位にランク入りしている”The White house versus Silicon Valley”という項目である。シリコンバレーは、米国にとってはいわば金の卵を産む雌鳥のようなもの。未来のビジネスを生み出してくれる宝の山であるから、ときの政権が喧嘩を売る理由はまったくない。ただし昨年の選挙戦においては、シリコンバレーは明らかに「ヒラリーと民主党支持」であった。
そこで昨年12月14日、IT産業の大立者たちがトランプタワーに招かれ、次期政権の首脳たちと意見交換の機会を持った。
ジェフ・ベゾス(アマゾン)、ラリー・ペイジ(グーグル)、シェリル・サンドバーグ(フェイスブック)、ティム・クック(アップル)、ブラッド・スミス(マイクロソフト)といった錚々たる顔ぶれである。
それでは「手打ち」ができたかと言えば、結果はすれ違いに終わった。IT業界はほとんど最初から「反トランプ」で、価値観から言ってもお互いに相容れない存在であった。政権に近い人物としては、かろうじて昨年の共和党大会で演壇に立ったピーター・ティール(ペイパル創業者)が入っていたくらいである。
考えてみれば、トランプ氏が重視しているのは徹頭徹尾、製造業である。自動車や建設や製薬といった従来型の産業に対して国内投資と雇用拡大を呼びかけ、工場の海外移転を止めようとしている。あるいは石油、石炭などのエネルギー産業への肩入れも強い。そういうオールド・エコノミーに期待をかけているのがトランプ次期政権である。
逆にシリコンバレーが代表するニューエコノミー陣営は、政治に対しては移民ビザの発行拡大を要望し、海外からより多くの人材を惹きつけたいと考えている。そして新しいテクノロジーを開発し、米国の未来の産業を生み出そうとしている。
ところがその場合、高い所得を得ることができるのはもっぱら高い能力を持つ外国人ということになる。それでは国内の「忘れられた人々」はまったく喜べない。だからこそトランプ次期政権は、一見すると損であるように見えるけれども、オールド・エコノミーの側に立ってニューエコノミーを敵視しているのではないだろうか。


●「AI対人間」、政治はどちらの側に立つべきか
このことは意外と深い問題を内包しているように思える。
なんとなれば、新しいテクノロジーは成長をもたらすだろうが、雇用を増やしてくれるとは限らない。むしろ減らしてしまうかもしれないのだ。
分かりやすい例をあげてみよう。今、話題の「自動運転」は、それが実現すれば交通事故の減少からエネルギー消費量の節約まで、多くのメリットを実現することができる。特に昨今の日本のように、高齢者による交通事故が問題化している状況では、優先順位の高い技術と言えよう。ただしその一方で、「自動運転」はタクシーからトラックに至るまで膨大な数の「運転手」という雇用を減らしてしまうかもしれない。
技術革新による生産性の向上は、ときにグローバル化以上の影響力を持つ。結果としてより少ない雇用でより高いパフォーマンスを上げることができる。だがその場合、トランプ政権は、IT企業(ニューエコノミー)よりも運転手(オールドエコノミー)の側に立つだろう。もちろん、シリコンバレーは自動運転の技術開発を止めないだろうが、次期政権が研究予算を打ち切ってしまうことは充分にありそうな話である。
「AIが雇用を奪う」という問題意識自体は、最近ではめずらしくはない。ただし、日本国内では幸いなことにまだSF小説の世界であって、それほど切実な懸念とはなっていない。せいぜい将棋のプロ棋士が、コンピュータソフトに負けるようになったことが話題になっているくらいである。経済産業省が旗を振っている「第四次産業革命」論も、AIやIoTやビッグデータが従来の雇用を減少させる未来を予測しているが、それは人口減少社会のわが国にとっては「良いこと」と位置付けられている。
しかし海外においては、既に配車サービスUberが急速に普及して、「タクシーの運転手」の地位を脅かし始めている。昨年のBrexitにおいても、英国のタクシー業界が「EU離脱」の一大勢力になったことが伝えられている。Brexitもまた、英国版の「忘れられた人々」による政治への異議申し立てであったことは注意すべきだろう。
こうしてみると、トランプ次期大統領の言動はまことにクレイジーに見えてしまうけれども、それはソリューションが間違っているだけで、問題意識は時代を先取りしているのかもしれない。AIと人間が対立するときに、政治は果たしてどちらの側に立つべきなのか。あるいは経済成長と雇用が矛盾するときは、どういう態度で臨むべきなのか。
トランプ政権を支持しているのは、グローバル化やテクノロジーに背を向けている人々であるらしい。そういう政権が間もなく米国で誕生するということは、文字通り時代を先取りする実験がこれから始まるのではないか。とはいえ、次期大統領が言っていることが、米国と世界にとって正しい処方箋であるとは到底考えられないのだけれども。
3 古い将棋ファンの一人としては衝撃的なニュースだと思っている。自分が生きているうちにそんな事態を目撃するとは考えていなかった。それくらいAIの進化は早く感じられる。
6
○吉例!2017年主要政治外交日程
国内海外(▼:選挙、◆:国際会議)
大発会(1/4)
オバマ大統領のお別れ演説(1/10)
安倍首相がアジア4カ国を歴訪(1/12-16)
トランプ次期大統領初の記者会見(1/11)
通常国会召集(1/20)
◆WEFダボス会議(1/17-20)
天皇公務に関する有識者会議が中間報告(1/23頃)
トランプ氏が第45代合衆国大統領に就任(1/20)
安倍首相が訪米し日米首脳会談(1/27頃)
春節(1/22-2/2)
内閣府が10-12月期GDP速報値を公表(2/13)
◆ミュンヘン安全保障会議(2/17-19)
プレミアムフライデー(2/24)
リオのカーニバル(2/25-28)
東京マラソン(2/26)
自民党大会(3/5)
米で債務上限問題が復活(3/15)
東日本大震災から6年(3/11)
▼オランダ総選挙(3/15)
Queen Elizabeth号が神戸港に(3/13-20)
▼香港の時期行政長官選挙(3/26)
2017年度予算が成立(月内)
中国が全人代を開催(月内)
英国がEU離脱を正式通告(月内)


日銀短観(4/3)
◆世銀IMF総会(ワシントン、4/21-23)
靖国神社春季例大祭(4/21-23)
▼仏大統領選挙第1回投票(4/23)
▼名古屋市長選挙(下旬)
トランプ政権「最初の100日」が終了(4/29)
春の叙勲褒章(下旬)
日本国憲法施行70周年(5/3)
◆ADB年次総会(横浜、5/4-7)
◆ASEAN+3財務相中央銀行会合(横浜、上旬)
▼仏大統領選挙第2回投票(5/7)
天皇譲位に関する特例法を国会提出(上旬)
▼イラン大統領選挙(5/19)1-3月期GDP速報値(5/18)
◆G7首脳会議(伊タオルミナ、5/26-27)
▼さいたま市長選挙(下旬)
◆OPEC総会(ウィーン、5/27)衆院選挙区画定審議会の勧告期限(5/27)


通常国会会期末(6/18)▼仏下院議会選挙第1回投票(6/11)骨太方針、新成長戦略、規制改革など(月内)▼仏下院議会選挙第2回投票(6/18)経団連の定時総会(月内)▼東京都議会選挙(6/25 or 7/2)日銀短観(7/3)◆G20首脳会議(独ハンブルグ、7/7-8)2020年東京五輪まであと3年(7/24)全国戦没者追悼式(8/15)ASEAN設立50周年(8/8)4-6月期GDP速報値を公表(中旬)▼ドイツ総選挙(8/27-10/22)◆第3回東方フォーラム(ウラジオストック、9/6-7)◆IOC総会(リマ、9/13-16)安倍首相の自民党総裁任期切れまで1年(9/30)▼仏上院選(9/24)日銀短観(10/2)中国国慶節靖国神社秋季例大祭(10/17-20)◆東アジアサミット(フィリピン)文化勲章・文化功労章の発表(下旬)秋の叙勲褒章(上旬)◆APEC首脳会議(ベトナム)内閣府が7-9月期GDP速報値を公表(中旬)◆ASEM外相会合(ミャンマー)中国、第19回共産党大会(月内)ユーキャン新語流行語大賞を発表(12/1)ノーベル賞授賞式(ストックホルム、12/10)漢検が今年の漢字を発表(12/12)▼韓国大統領選挙(12/20)→弾劾なら前倒しも日銀短観(12/15)◆OPEC総会(ウィーン、月内)大納会(12/29 )



<今週のThe Economist誌から>
”Learning to love Trumpism” Lexington
「トランプ流を学習中」 January 7th 2017
* 1月20日の大統領就任式が近づくにつれて、共和党内でも「トランプ流」を受け入れる準備がじょじょに進んでいる。いつもながら”The Economist”誌の観察は辛辣です。
<抄訳>
群衆の行進を見たら、政治家は「自分が先頭に立たねば」と考える。次期大統領の支持者は二大政党に飽き足らず、議会共和党の半数を串刺しにしかねない。それでもしぶとい党幹部たちは「トランプ流」とは保守的な世界観であり、国内に満ちた失望感を救済する可能性があり、今後の共和党の天下を保証するものだ、と無理目の合理化を図っている。
選挙期間中にトランプ氏と衝突した共和党指導者は、謙虚になれと仲間たちに呼びかけている。1月3日に発足した新議会では、ライアン下院議長がかく語った。長らく工場閉鎖の不満に対し、ワシントンの政治家は「お気の毒に」とだけ答えてきた。しかし共和党が議会とホワイトハウスの両方を得たからには、「結果」を出さなければならないと。
自由市場論者がトランプ流に帰依することは容易ではない。議会召集の当日、フォード社はメキシコで16億ドルの工場建設を取りやめ、ミシガンで700人の雇用を作ると発表した。トランプ氏は大威張りだが、同社は「次期政権の成長志向政策を信任して」と言っている。キャリア社、ロッキード社などに続いてトランプ流の軍門に下った。2012年選挙でライアン副大統領候補は、「政府が勝敗を決めるべきでない」と述べていたのだが。
経済ナショナリズムは中西部の労働者を民主党から取り戻す代償だった、と考える保守派も居る。トランプ氏はリンカーンやセオドア・ルーズベルトのような愛国・現実主義者だ、サルコジ仏大統領(2007-12)も自動車会社の東欧移転を非難したではないか、と。
保守派のヒューイット氏は今月『第四の道』なる本を出版し、トランプ流は保守的な最高裁、強い軍隊、自由な企業などレーガン時代への道だと説く。企業の海外利益を本国に送還させ、有権者が喜ぶインフラPJをご祝儀の印とする。巨額のバラマキと古典的な腐敗があり、南の国境における二重フェンス建設、1100万人の不法移民の法制化計画が発表される。失敗すれば2018年中間選挙での大敗、2020年の強敵出現、弾劾手続きもあり得る。
ギングリッチ元下院議長は『トランプ理解』を今春刊行する。レーガン革命('80)、「アメリカとの契約」(’94)に続くこれが3度目の挑戦との位置づけだ。トランプ氏は破壊的革新者であり、SNSを使って安上がりに選挙を勝った。大統領としてスリムな官僚機構を目指す。プーチン大統領は「ヤクザ」だが、ロシアをソ連扱いするなと仲間を一喝する。
有権者の怒りに答えようとトランプ流に合流する者も居れば、次期大統領に希望を託す者も居る。だが、トランプ氏もまた議会に同盟者を求めている。ポピュリストの反乱であったトランプ流は、政府の計画に昇華せねばならない。ただ先頭に立つだけではダメだ。


<From the Editor> 初の記者会見に思うこと
今週1月11日、トランプ次期大統領は当選後初めての記者会見に臨みました。あの11月9日の勝利宣言から2か月以上過ぎてようやく、という点に驚かされます。いくら日本のような記者クラブ制度がないからと言って、ここまであからさまにメディアを軽視できるとは。しかもCNN記者の質問には答えず、「お前のところはFake newsだから」と逆切れする始末。いやもう、天下の米国大統領がこんなことでいいのでしょうか。
トランプ政権はいろんな意味で型破りです。なにしろ選挙期間中は、「ニューヨークタイムズ紙はけしからん」などとメディア批判を展開し、それが支持拡大につながっている。トランプ支持者は大手メディアよりも、身近なSNS情報を信頼するようになっている。そしてトランプ氏自身も、メディアの批判にいちいち反応して怒り狂っているところをツイートしてしまう。それもまた、「ホンネの政治家」というイメージを生み出すことに一役買っているのでしょう。フォロワー数は直近で1962万人まで増えています。
民主主義国の政治家は、たとえプーチンやエルドアンであってもメディアに一目置くのが普通です。プーチン大統領は、毎年年末に彼が大嫌いな「西側メディア」を招いて記者会見をやります。そうなると「プーチン嫌い」記者が、腕によりをかけて意地悪な質問をするけれども、そこで逃げずに答えて、ときに反撃を見舞うのがプーチンの得意技です。
なぜメディアは怖れられるのか。それは彼らに批判されると政治家の支持率が低下して、次の選挙で勝てなくなるからでしょう。ところが米国で起きているのはその先を行く現象です。つまりメディアが信用されていないから、叩かれても痛くない。というより、トランプ政権の支持率はどんなに高くても5割が関の山で、どんなに低下しても35%くらいがボトムでしょう。それくらい、支持と不支持がくっきりと割れている。しかるに「トランプ次期大統領」というモンスターを生み出したのは、選挙戦におけるメディアによる過剰な報道のお蔭だった、という事実も忘れてはならないでしょう。
今回の記者会見に対するマーケットの関心事は、トランプ氏の発言が「マクロ重視」(減税、インフラ投資など)か「ミクロ重視」(保護貿易、「壁」の建設)か、ということでした。前者であれば、プロ・ビジネス政権の発足が近いということで株はさらに「買い」。逆に後者であれば、2か月も上げ続けてきた相場を手仕舞うチャンスとなる。相場の転換点になっても不思議ではないイベントと言えます。「持ち上げてから、落とす」ことを基礎動作としているのは、芸能界だけではありません。
さあ、マクロかミクロか――という「トランプ占い」の結果は「凶」と出ました。トランプさんはつくづくコントロール不能な人ですね。日本でも翌1月12日は円高と株安に振れました。ただし暴落にまでは至りませんでした。米国経済のファンダメンタルズは基本的に良好で、年内2~3回の利上げはあるでしょうから、やはり日米の金利差は拡大する。今年は1ドル120円台の円安ドル高を目指す展開で、ときどき大統領の「不規則発言」によって瞬間的に円高に振れる、という展開を予想しておきたいと思います。
さて、とんでもない次期米国大統領の姿を見ているうちに、日本外交の前途が想いやられてきました。亡くなられた岡崎久彦大使であれば、果たしてどんな風に評されただろうか。これだけ奇妙な大統領が誕生しても、日米同盟重視でいいんでしょうか。心の中で愚痴っていたら、懐かしい口調とともにこんな言葉が聞こえたような気がしました。
「あんまり深刻になることはないよ。でも、そろそろ準備を始めた方がいいね。そんなに難しいことじゃないんだ。とにかく選択肢を増やしておくことだね」
そういえば、岡崎さんの口から「困った」とか「駄目だ」なんて弱気な言葉は、ついぞ聞いたことがありませんでした。日本外交にとっての選択肢とは何か。ロシアとの対話か、それともTPPの復活折衝か。悩ましいところですが、故人に倣って暗くならずに2017年を明るく乗り切って行きたいと思います。





http://tameike.net/pdfs8/tame609.PDF


溜池通信vol.609 Biweekly Newsletter January 27th , 2017
双日総合研究所吉崎達彦
Contents ************************************************************************
特集:オバマ時代の米国経済を回顧する 1p
<Real Clear Worldのコラムから>
”Donald Trump has a coherent, radical foreign policy doctrine”
「ドナルド・トランプには首尾一貫した急進的な外交方針あり」 7p
<From the Editor> 「罰ゲーム」としてのトランプ政権 8p
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特集:オバマ時代の米国経済を回顧する
いよいよドナルド・トランプ政権が発足しました。とはいえまだ1週間。情報不足、準備不足もいいところで、新政権について何かを語るには早過ぎるような気がします。そこで本誌としては逆を行くこととし、オバマ政権の8年間を振り返りつつ、この間の米国経済の変化を概観してみることにしました。
オバマ時代の経済政策には、4つの柱があったと思います。①金融危機対応、②オバマケア、③環境・エネルギー政策、そして④経済外交の4点です。トランプ新政権の経済政策を考える上で、これらの過去を整理しておくことは無意味ではないでしょう。
なお本稿は、「ビデオニュース・ドットコム」で神保哲生さんから受けたインタビューが契機となっています1。いいヒントを頂戴したことに深謝申し上げます。
●8年前の大統領就任式を想起する
1月21日(土)午前2時、米大統領就任式が始まった。眠い目をこすりながら自宅で見ていたところ、尐し緊張気味のドナルド・トランプ氏が登場して、16分弱の簡潔な大統領就任演説を行った。国民全体向けというよりは自分の支持者だけを対象に、選挙期間中と同じような内容を、あいかわらずの「ぶっちゃけ」ベースで語っていた。最後の方では「神」について語るなど、「らしく」ないけれども尐しは”Inauguration”らしいところもあった。大統領としては、かろうじて「サマ」になったのかなという印象であった。


「それにしても分かりやすい英語だな」と感じて、ふと8年前のオバマ演説のことを思い出した。2009年1月20日のオバマ大統領の就任演説は、まことに難解だったのである
「バレーフォージの宿営」という独立戦争当時のエピソードを引用した部分があり、それは米国史における有名な故事らしいのだが、オバマ大統領は「バレーフォージ」という固有名詞を使っていない。これでは知らない人には調べようがない。つくづくオバマ演説は、「皆まで言わない」インテリ向けの高級品なのである。
逆に言えば、尐なからぬアメリカ人はオバマ演説をよく理解できないままに、周囲が「いいね!」というから、分かった振りをしてきたこともあっただろう。そういう人たちにとっては、今度の大統領は下品なところもあるけれども、尐なくとも言っていることがちゃんと理解できる。なにしろオバマ時代は8年間も続いていたから、トランプ流の「ぶっちゃけスタイル」は隠れた人気があるのではないだろうか。
8年とはつくづく長い年月である。思い起こせば就任当時に問題とされたことのひとつは、オバマ氏の「ブラックベリー中毒」であった。今では全く見かけなくなった携帯端末だが、大統領になったからには取り上げられ、私的メールは「お預け」となった。その点、トランプ大統領はツイッターを手放さず、連日の「言いたい放題」を続けている。
ここでハッと気がつくのは、8年前にはまだスマホが普及していなかったのである。もちろんフェイスブックやインスタグラムは影も形もない。ユーチューブはすでに普及していたが、ツイッターはちょうど流行り始めた頃である。当時のコミュニケーションスタイルは、今とはかなり違っている。メディアに対する信頼度は今よりもずっと高かったし、SNSの影響力も限定的であった。今のように「偽ニュース」がネット空間を独り歩きするようなことはほとんど考えられなかった。
社会構造から言っても、8年は大きな違いを意味する。誰もが等しく8歳年を取る間に、ベビーブーマー世代よりもミレニアル世代の方が多くなった。あるいは2008年選挙の出口調査においては、白人が74%でヒスパニックが8%であった。それが2016年選挙ではそれぞれ70%と11%になっている。それだけ白人の比率が低下して、マイノリティの比率が増加しているのだ。
近いようで意外と遠い8年前。さて、米国経済におけるこの8年間にはどんなことがあったのか。4つの視点から振り返ってみよう。


①金融危機対策:「日本の経験」との大きな違い
オバマ大統領の最初の仕事は、国際金融危機からの脱却であった。日本でいう「リーマンショック」は、英語では”Great Recession”もしくは”2008 Financial Crisis”と呼ばれることが多い。ちなみに1930年代の大恐慌は、”Great Depression”と呼んで区別している。
前政権から引き継いだこの問題に対し、オバマ政権の方針は「やり過ぎるくらいにやる」であった。8620億ドルの大型景気刺激策を実行し、7000億ドルの公的資金を用意して不良債権を買い取り、倒産の危機に瀕していたビッグスリーは救済した。それと同時に、米連銀が「デフレだけは許さない」とばかりに、3度にわたるQE(量的緩和政策)を実施した。1990年代の不良債権問題に対し、対策を小出しにした日本の経験が反面教師として活かされたのかもしれない。
その結果は大正解であった。2008年から09年にかけて、全米で870万人もの雇用が失われたが、10年から14年までの5年間では1019万人の雇用が創出されている。経済成長率も2010年からプラスに転じた。少なくともデータの上から見れば、金融危機対策は十分に成果を挙げたのである。
しかるにその実態は、「長期停滞論」(Secular Stagnation)と呼ばれるように回復の実感に乏しいものであった。そのこと自体にさほど異和感はない。大きな金融危機を体験した後の経済は、成長率やインフレ率が低下する。それは日本経済が、1990年代の不良債権処理問題を通して体験したことでもある。そして近年の日本人は、そういう状態に対していい意味でも悪い意味でも「慣れて」しまっている。
ところが米国の場合、景気回復の速度の遅さもさることながら、「なぜ普通の人を助けないのに、銀行を助けるのか」という素朴な怒りが収まっていなかった。2010年頃から、右派の側では「ティーパーティー」、左派の側では「オキュパイ・ウォールストリート」という対照的な2つの大衆運動が盛んになる。前者は「俺の税金を銀行救済に使うな」と言って怒り、後者は「なぜ自分たち弱者を救わないのか」と言って怒っていた。方向性は違うように見えるけれども、「反既成政治」という一点では一致していた。
考えてみれば、日本の場合は不良債権処理にずいぶん時間をかけたし、「バブル崩壊」の関係者が等しく何らかの形で「社会的制裁」を受けていた。大蔵省は名前を変えられて金融庁を分離され、大手銀行は原形をとどめないくらいに離合集散し、自民党政治も「小泉政権発足」という形で過去を否定されていた。つまり「ケジメ」をつけたとは言えないまでも、何らかの形で「落とし前」はつけていたのである。
ところが米国の場合、ウォール街ではあっという間に貪欲さが復活していた。「ドッド=フランク法」により金融機関に対する規制は強化されたが、トップが再び高い報酬を得ることにはまったく躊躇がなかった。他方、中央値の家計所得は1999年以降下がり続けていた。これでは「1%対99%」という批判が生じるのも無理はない。
オバマ大統領としては、自分はブッシュ前政権が残した問題を処理しただけで、文句は共和党に言ってくれ、と言いたいところであろう。だが、「オキュパイ運動」の異議申し立ては、2016年選挙では「サンダース現象」に受け継がれ、民主党内の足並みの乱れにつながった。このことはヒラリー・クリントン氏の敗因の一つとなったはずである。
経済問題としての金融危機は、比較的あっさりと解決した。しかし政治的なわだかまりは深く残り、2016年選挙の結果を左右したのではないだろうか。


②オバマケア:果てしない対立と政争を招く
オバマ政権の内政上、最大のレガシーと言えば、文句なく2010年春に成立したオバマケアことAffordable Care Act(医療保険改革)であろう。無保険者がゼロになったわけではないにせよ、それでも約3100万人も減ったと伝えられている。
ただし、なぜあのタイミングで実施したのかは、個人的には今でも疑問に感じるところである。金融危機で病み上がりの米国経済に、コストのかかる新制度を導入した場合、民間部門(特に中小企業)にとって負担が増えることは容易に想像がついた。オバマケアの導入は、おそらくその後の雇用回復の足を引っ張ったはずである。
オバマ大統領としては、医療保険改革は政権公約であったし、ヒラリーとの長い予備選挙を通して議論を積み上げてきた政策課題であった。2008年9月のリーマン・ブラザース社経営破綻以降はそれどころではなくなるのだが、11月の議会選挙でたまたま民主党は下院の多数と上院での60議席を確保することができた。つまり共和党のフィリバスターを乗り越えて、「歴史的な法案を通せる」状況に手が届いた。「やれる状況だったから、やらないわけにいかなかった」と見るのは意地が悪いだろうか。純粋に経済状況だけを考えれば、やるべきタイミングではなかったと思う。
医療保険改革が超党派の合意形成ではなく、パーティーラインで押し切る形となったために、共和党側には恨みが残った。今から考えれば、これでは「ひとつのアメリカ」という大目標が達成できるはずがない。オバマケアの成立は、否応なく米国政治の党派色を深めることになったし、全国的な「ティーパーティー運動」を招く原因ともなった。
米国はGDPの6分の1を医療セクターが占めるという、世界でも格段に医療費の高い国である。それだけ技術水準が高いのだが、医療過誤訴訟が高額であるなどの特殊事情も絡んでいる。医療保険改革は、まず医療費全体を下げるところから進める必要があった。オバマケアが2014年1月に正式に発足してから既に3年もたつのに、今も訴訟など多くの問題を抱え、国民の不満が絶えないのはそのためであろう。
もっとも世論調査を見ると、ここへきてオバマケアに対する支持が増加し、賛否がほぼ拮抗しつつある3。2016年の議会選挙で共和党が上下両院を制し、「オバマケア撤廃」の声が高まるとともに、「止めるなんてとんでもない」という声が増えているのであろう。
トランプ政権の発足と同時に、共和党は野党として「撤廃だ!」と言っていればいい気楽な立場から、具体的な「見直し」を決める責任を負う立場になった。さすがに今さら、「国民の5人に1人は無保険者」の時代には戻れないだろう。その意味では、たとえ不十分な内容であっても、米国が本格的な高齢化時代を迎える直前に、この制度が出来たのは良いことであったのかもしれない。


③環境・エネルギー政策:グリーンよりもシェール革命
気候変動問題は、オバマ大統領が8年間にわたって力を入れたテーマであった。特に大統領就任の初年度であった2009年末に、コペンハーゲンで行われたCOP15に乗り込んだものの、中国の反対によって交渉が座礁したことは深いトラウマとなった模様である。
それがパリのCOP21では捲土重来に成功し、大統領として最終年度の2016年秋にパリ協定を発効に導くことができた。CO2の2大排出国である米中が協力し、2020年以降の地球温暖化対策に道筋を示せたことは、さぞや「男子の本懐」であったことだろう。
他方、再生可能エネルギーの普及や「グリーンジョブ」の創出といった国内的な政策課題はあまり進まなかった。むしろシェール革命が進んだことで、2014年以降の米国は世界最大の産油国になった。安価な資源が国内で採れるようになり、エネルギーコストが低下するとともに、米国の産業競争力も向上した。しかも電源が石炭からガスに切り替わることで、CO2の排出量を減らすことにもつながった。天然ガスの純輸出国になる日も遠くはないだろう。このことは米国経済を大きく変えつつある。
例えば昨年前半の米国経済は1%台の低成長に泣いたが、それは石油安に足を引っ張られていたからであろう。以前であれば、石油安はガソリン代の低下を通して家計の可処分所得を増やすので、個人消費を盛り上げる好材料と見られたものである。ところが今や石油安は鉱業関連の設備投資の足を引っ張り、米国経済にとってのマイナス要因となっている。これもこの8年間の変化のひとつであろう。
シェール革命をもたらしたのは、鉱山技術者のジョージ・ミッチェル氏である。水圧破砕法(フラッキング)と水平掘削の組み合わせが、画期的な石油とガスの生産手法を生み出した。大企業ではなく、零細企業で細々とやっていたベンチャー経営者であり、政府の支援を受けていたわけでもない。しかも製法の特許を取ることもせず、むしろ本を書いて積極的に人に教える道を選んだ。その結果、多くの仲間が後に続いたことで、シェール開発のコストは劇的に低下することになる。
ミッチェル氏は2013年に94歳で死んでいるが、これぞ米国ならではのサクセスストーリーといえよう。フラッキングはまだ日が浅い技術であるだけに、まだまだ生産性には伸び代がありそうだ。トランプ政権においてエネルギー分野の規制緩和が行われ、あるいはパイプラインの建設計画が進めば、さらに技術革新が続くかもしれない。
本来、「脱・化石燃料」を目指していたオバマ大統領は、おそらくは苦々しい思いでこの事態を見ていることだろう。とはいえ、「政策がかならずしも意図した通りにはならず、長期の予測はことごとく外れる」というのが、アイロニーに満ちたエネルギー政策の歴史そのものである。オバマ政権の環境・エネルギー政策を総括すると、「ほろ苦い結果オーライ」といったところだろうか。


④経済外交:TPPは置き土産にならず?
オバマ時代の安全保障政策は、いかに米国が対外的なコミットメントから手を引くかに心を砕いた8年間であった。後知恵になるけれども、「世界の警察官」が辞意表明するのであれば、もっと「戦略的曖昧性」を持たせるべきであった。今日のシリア情勢やISIS問題の責任の一端が、オバマ大統領にあることは言を俟たないだろう。
経済外交においても、オバマ政権は「G7/8からG20へ」という形でさりげなく米国の負担を小さくしてきた。世界経済における新興国の比率が高まる中で、このこと自体は自然な流れであったと言っていいだろう。
こんな風に「縮小均衡」路線であったオバマ外交が、ここだけは領域を広げようとしたのが「リバランシング」政策であった。みずからを「太平洋大統領」をもって任じ、アジアへの関与に力を入れ、APECや東アジアサミットにも出席した。経済外交としてはTPP交渉であり、ここだけは意外なほどの積極性を発揮してきた。
もともと2008年の大統領選挙において、オバマ氏は自由貿易に対して消極的な姿勢を取っていた。それが大統領になったら、普通にFTAを推進する側に立った。韓国やコロンビアやパナマとのFTAもちゃんと成立させている。とはいえ、TPPに対する熱意はこれらとは違った。2014年春には、銀座の「すきやばし次郎」で安倍首相に直接談じ込むほど、交渉成立に熱意を燃やしていた。
オバマ大統領は2015年の一般教書演説の中で、「アジアにおけるルール作りを中国にやらせてはならない」から米国の手でTPPを、という説明を行っている。自由貿易を進める際に経済論議の枠内に収まらず、「安全保障の観点」を加えるのは米国外交の昔からの癖と言っていい。かつてのGATT交渉の際にも、「冷戦に勝利するため」というお題目がついていた。しかし、「経済は経済」で説明した方が良かったのではないだろうか。
2015年10月に交渉が実質合意に至るまで、多くのアメリカ人はTPPが何たるかをほとんど知らなかった。それが2016年選挙を通して急速に浸透し、「グローバリズムが雇用を奪う」「生活が良くならない」といった被害者意識の文脈で知られるようになった。そしてまた、オバマ大統領がTPPを望んでいる理由も、有権者にはよく分からなかったのではないか(真面目な話、自分のレガシーを考えていただけなのかもしれないが)。
トランプ氏から見れば、TPPは今までの政治を否定する格好の攻撃目標になった。だからこそ、大統領就任初日の大統領令で離脱を宣言した。今後はオバマケアやパリ協定なども、同様に攻撃目標になっていくのかもしれない。ただしそれらに代わる新しい建設的な目標があるのかといえば、そこは怪しい。単に「雇用を守る」と言うだけである。
思うにトランプ氏は、オバマ大統領の「影」のような存在なのであろう。8年間にわたるオバマ時代の反動として、トランプ政権が誕生した。オバマ時代をさらに深く検証していくと、トランプ政権の次の出方が見えてくるような気がしている。
7
<Real Clear Worldのコラムから>
”Donald Trump has a coherent, radical Foreign policy doctrine” by George Friedman4
「ドナルド・トランプには首尾一貫した急進的な外交方針あり」 January 20th 2017
* “The Economist”誌によるトランプ政権評価(批判)はいささか食傷気味ですので、本号では一部で話題になっている「トランプ外交分析」をご紹介します。
<抄訳>
選挙期間中、ドナルド・トランプは善きことのみを約束し、何が善かについては語らなかった。これ自体は異とするに当たらないが、特定の項目では独自の語り口でビジョンを語っている。多くの者が見逃しているが、実はその中に真実がある。解読してみよう。
彼の議論の核心は、米国が拡大し過ぎたという点にある。なぜなら米国は、複雑な多国間関係に取り込まれてしまっている。どこかの国を助けるために、いつも過剰なリスクと負担を背負っている。そういう関与は、彼らの能力にも意図にも見合っていない。
その典型がNATOだ。アフガンでもイラクでも、決定的な支援をしてくれなかった。多尐はあったにせよ、それはNATO諸国の能力をはるかに下回る水準だった。EUは米国とほぼ同じ経済規模、より大きな人口を持ち、工業基盤だってある。だが、米国抜きの集団的自衛権は無力であり、彼らは米国が防衛努力をしてくれて当然と受け止めている。
過去15年間、米国の戦略目標は主にイスラム圏だった。イラク戦争では英国以外はほとんど支援しなかった。域外における紛争に参加する義務はNATOにはないのである。トランプはその原則を受け入れるが、だったら米国にとって28の同盟国は無価値と判断する。NATOにはその能力がないし、米国だけに関するような紛争を彼らは避けるのである。
米国は欧州を守るのに、欧州は米国の利益を守らない。こんな関係は再交渉あるのみだ、とトランプは考える。欧州が拒否するなら脱退し、やる気がある国とだけ二国間関係を結ぶ。関係見直しは日本や韓国相手にも必要だが、彼らにその価値があるのだろうか。
通商問題も同様だ。今の国際的枠組みは米国を利しているのか。貿易はそれ自体が目的ではなく、双方が裨益すべきだ。現時点では米国にとって、国内雇用を生み出すかどうかが問題である。昔のように成長すれば良いのではない。GDPが増えても社会問題は別物だ。
多国間の自由貿易協定は複雑過ぎて、米国最優先の原則には適さない。できれば二国間、せいぜいNAFTA程度に留めたい。さすれば世界経済の25%を占める米国は有利になる。米国も他国同様に自国優先でゆく。自由貿易などという抽象目標を追うべきではない。
中国は特殊なケースで、対米輸出に依存する巨大経済である。米国産業を空洞化させつつ、米国企業が生産拠点を移して売上と利益を増やしてきた。だがそれもここまで。米国には「一つの中国原則」を無視するという手がある。今や対中関係を更新する好機である。
★書き手のジョージ・フリードマン氏は、過去に『100年予測』や『カミング・ウォー・ウィズ・ジャパン』などを出版しているちょっと変わった政治学者です。


米国外交の主目標はイスラム過激主義、特にISIS打倒にある。テロの脅威は限定的とはいえ、トランプから見れば許容できない。9/11のようにエスカレートしかねず、心理的負担も巨大だからだ。米国は中東で力を示さねばならず、テロとの共存など論外である。
志を同じくする国を米国は待っている。国内にイスラム問題を抱え、部隊展開能力を持つロシアはその候補となり得る。米ロはウクライナの中立化で合意できる。米国は東欧諸国を守る緩衝地帯が欲しい。ロシアは東ウクライナの自治とクリミアの権利延長を望む。ロシアが国内経済に問題を抱えていることも、テコになり得るとトランプは解している。
第2次世界大戦後の多国間主義の時代は既に終わっており、そうでない振りを続けることは米国の利益を害する。9/11の傷跡は深く、15年にわたる中東での作戦は成果を挙げていない。NATOがこの努力に参加しないのなら、ロシアが代わりにその候補となるだろう。
こうした内容をトランプは支離滅裂に語った。これは首尾一貫した急進的外交政策と見るべきだろう。米国外交の再定義であり、米国の力を最大化することを目指している。その適否が問題なのではなく、方針があるという点が重要なのだ。世界は変わったのに米国外交は変わっていない。ただしこれが現実化するかどうかは、まったくの別問題である。


<From the Editor> 「罰ゲーム」としてのトランプ政権
トランプ政権が発足して1週間、尐しは大統領らしくなるかと思ったら、メキシコとの国境に壁を作る大統領令を発するなど、「今まで言ってた通り」を実行するみたいです。これでは、「トランプ=プロレス説」を唱えてきた本誌としても困ってしまいます。
それにしても新大統領は、既存の体制に喧嘩を売り、周囲の批判には一切耳を貸さず、いささかヒステリックな言動を繰り返しています。この様子、どこかで見たことがあるなと思ったら、2001年に外務大臣に就任した時の田中真紀子さんに似ているのですね。自信過剰な言動、演説のうまさ、家族思いのところ、熱狂的な支持者がいることなど、どうも重なって見えて仕方がありません。
田中真紀子外相下の外務省は、混乱の極みでありました。ある日突然、空から恐怖の大王が降りて来て、組織を思う存分にかき回し、構成員にとてつもない不条理を押しつけた。なおかつ、そのとき国民は快哉を叫んでいた。あのときの真紀子大臣は、何をしても許されました。今から思えば、外務省における一連の不祥事という「罪」に伴う、一種の「罰ゲーム」であったのではないかと思えます。
それでは、なぜトランプ政権という罰が米国に下されたのか。トランプ氏はよく「忘れられた人々」(The forgotten man and woman)という言い方をしますけど、だったら誰がその人たちのことを忘れていたのか。それこそ、エスタブリッシュメントと呼ばれる人たちであって、それは政治家のみならず、メディアやさまざまな分野の専門家たちも同罪と考えるべきです。その中には、当然、エコノミストも含まれます。
米国経済は良くなっている、ということですべてを片づけてきた。でも、よくよくデータを見ていれば、ラストベルトの白人高卒男性の4人に1人は仕事がないとか、白人中高年の死亡率が上昇しているとか、特に薬物中毒による死亡が急増しているとか、社会が「病んでいる」兆候はいっぱいあったのです。ただし、そういう問題意識は広く共有されていなかったし、ましてや政治課題として浮上することもなかった。ドナルド・トランプ氏が共和党予備選挙に登場して、初めて顕在化したのです。
もっと言うと、そういう人たちに同情することは「イケてない」ことであった。逆にマイノリティやLGBTに肩入れすることはカッコいいこととされていた。ヒラリー・クリントン氏は、「トランプ支持者の半分は嘆かわしい人たちの集まり」と呼んだ。オバマ大統領も以前、「田舎で失業に苦しんでいる人たちが、社会に怒りを持つようになり、銃や宗教に執着している」と評したことがある。今回のトランプ政権を誕生させたのは、まさしくそういう人たちでありましょう。でもホンネの話、メディアや専門家たちは、今でも彼らのことを腹の底で馬鹿にしているのではないでしょうか。
「忘れられた人々」が怒っていることはほかにもたくさんあった。イラク戦争とはなんだったのか。金融危機で家を失った。大学を出た時に就職が全くなかった。途中で政権交代があったから、過去はケジメがついたというのはさすがに甘い。だってワシントンに居るような人たちは、攻守を入れ替えただけで「みそぎ」が済んでいない。「アイツら全員総とっかえだ!」という怒りが、2016年選挙の原動力となったのではないでしょうか。
彼らの復讐劇は着々と果たされつつある。「外務省は伏魔殿」とうそぶく大臣が、伝統ある組織を無茶苦茶にしていたとき、面白がっていた人は尐なくなかったはずです。あれと同じようなことが米国で進行中だと思うんですが、これはもう関係者ご一同がちゃんと悔い改めるまで、トランプ大統領閣下のご乱行は続くのだと思います。
まあ、それに付き合わなきゃいけない日本としては、たまったもんじゃないんですけれども。





溜池通信vol.610 Biweekly Newsletter February 10th , 2017
双日総合研究所
吉崎達彦
Contents ************************************************************************
特集:ドナルド・トランプ政権研究序説 1p
<今週のThe Economist 誌から>
”Better than a wall” 「壁よりもお勧め」 7p
<From the Editor> 日米首脳会談とゴルフの物語 8p

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特集:ドナルド・トランプ政権研究序説
トランプ政権が発足してから、ちょうど3 週間が経過しました。この間にどれだけ世界
を騒がせたことか。特に「イスラム圏7 カ国からの入国一時停止」の決定は、司法を巻き
込んだ法廷闘争に転じています。もっとも、こういうところが米国政治で、三権分立によ
る相互チェック体制の頑丈さを感じるところです。
この間、トランプ大統領はあいかわらず「天然」な言動を繰り返しています。その周囲
は既に多くのスタッフに取り囲まれ、どんな意図で動いているのかが見えにくくなってい
る。始動したばかりの「トランプ政権」の研究に取り掛かってみました。


●23 本の「大統領令」を振り返る
トランプ政権に対して、あらゆる種類の批判が寄せられている。しかし「仕事をしてい
ない」という批判だけは当てはまらないだろう。仕事はやり過ぎるくらいやっている。な
にしろ3 週間で大統領令が23 本も出ているのだから。
特に1 月27 日に発出された大統領令”Protecting The Nation From Foreign Terrorist Entry
Into The United States”は、全米の空港を大混乱に陥れるとともに、内外の批判を浴び、ついには訴訟による仮処分にまで発展した。ただしこうやって反撃を受けている間に、他の問題が見過ごされていくという効果も得られるわけである。
新しいトップが矢継ぎ早に指示を出してくると、反対する側は次第に手が回らなくなっ
ていく。例えば新社長として、自分が買収した会社に乗り込んでいく場合、こういうやり
方が望ましい。およそ改革は、電光石火をもって良しとする。どこかの国の「成長戦略」
のように、何年もかけて尐しずつ進めるのは上手なやり方とは言い難い
トランプ政権は支持率が低く、本人に公職経験もなく、与党・共和党との関係も微妙である。だからこそ、トランプ大統領は素早く大胆に動かなければならない。
幸いなことに、米連邦政府の権限は大統領個人に与えられている。この点は、「内閣」が全体で責任を負う日本とはまったく違っている。大統領は、自らの権限を預ける形で政府を形成する。外交に関する権限は国務長官に付与するが、その職名はSecretary of Statesであって、Minister of Foreign Affairs(外務大臣)ではない。つまり長官といえども、大統領の「秘書」に過ぎない。極端に言えば、大統領が私用のツイッターで内外に自分の考えを発信することも、一概に否定されるべきではないのである。


○トランプ政権による大統領令
Executive Orders (11本)
オバマケアの廃止とそれに伴う負担の軽減(1/20)


インフラPJの環境アセスメント承認を迅速化(1/24)


不法入国者の国外退去。入国管理の厳重化(1/25)
 メキシコ国境に壁を建設。計画を下院に提出(1/25)


シリア難民、7か国の国民の入国を一時凍結(1/27)


元政府高官がロビイストに転じることを禁止(1/28)


1つの新規制導入には2つの規制を廃止(1/30)


 金融システム規制の緩和(2/3)
犯罪削減タスクフォースの設置(2/9)
 政府機関に対する暴力の防止措置(2/9)
 国際犯罪と人身売買に対する法執行(2/9)


Presidential Memoranda (12本)
  新規規制導入の凍結(1/20)
 中絶手術をする医療機関への予算支出停止(1/23)
 TPPからの離脱(1/23)
 連邦政府職員の新規雇用を凍結(1/23)


  キーストーンXLパイプライン建設の承認(1/24)
ダコタ・アクセス・パイプライン建設の承認(1/24)
パイプライン建設におけるアメリカ製品の使用(1/24)
国内製造業関係の法規制を簡素化(1/24)



米軍見直し。軍備を増強する(1/27)



 ISIS打倒のための計画を策定(1/28)
 NSCと国土安全会議の機構改革(1/28)


私的年金の受諾者義務の緩和(2/3)



大統領令には2通りある。法律に則って、行政組織に対して指示を出すExecutive Order(行政命令)と、非公式に大統領の考えを伝達するPresidential Memorandum(大統領覚書)である。ホワイトハウスのHPで全文を読むことができるが、いずれも長い文章である1。特にExecutive Orderは事の性質上、法律顧問が厳重にチェックしているはずである。
そうだとすると、大統領令をいったい誰が書かせているのかが気になってくる。とにかく事務量だけでも半端なものではない。大統領本人が細かな点まで見ているとはとても考えられない。さて、「猿回し」はいったいどこにいるのだろうか。



●ホワイトハウスの内側を探索する
トランプ政権の閣僚人事は遅れていて、国務、国防、国土安全保障、運輸、教育、司法の6長官がかろうじて決まったところである。1月31日、最高裁判事に保守派のニール・ゴーサッチ判事を指名したこともあり、上院の民主党は反発している。与野党の対立は先鋭化し、承認手続きはますます滞ることになるだろう。
この間、トランプ政権を動かしているのは、一握りのホワイトハウス内のスタッフたちということになる。では、誰が力を持っているのか。公開情報をもとに、執務棟であるウェストウイング内で「誰がどの部屋に割り当てられているか」の図面を作成してみた。
南東角部屋のいちばんいい場所にオーバルルーム(大統領執務室)がある。そして南西角部屋には、秘書室長とも言うべきラインス・プリーバス首席補佐官の執務室がある。ところが同氏はカメラが備えられた通路を通らないと、大統領に会うことができない。これはマイク・ペンス副大統領といえども同様である。連日の「冷や汗会見」で知名度急上昇のショーン・スパイサー報道官も、大統領からは遠い部屋にいる。
ところがオーバルオフィスの左隣には、大統領専用の書斎とダイニングの小部屋がある。ここと直接つながっている部屋は、「誰にも見られずにオーバルルームに出入りできる」わけで、歴代の政権でも大統領の腹心が占めてきた。トランプ政権においては、ジャレッド・クシュナー上級顧問が主となっている。36歳と若いが、「大統領の娘婿」という気安さもあってか、政治担当側近の地位を占めている。
その隣に直結しているのが、スティーブ・バノン首席戦略官の部屋である。つまりバノン氏もまた、クシュナー氏の部屋を通ってこっそりと大統領に会えることになる。「首席戦略官」(Chief Strategist)というポスト自体がトランプ政権で新設されたものであり、大統領への距離という点では「別格」の存在と見て良いだろう。
政権内のスタッフを、以下のように3分類することができる。①「共和党チーム」は主要なポストを押さえ、トランプ政権をなるべく共和党本来の路線に近づけたいと考えている。②ところが選挙戦を導いた「ポピュリストチーム」は、大統領からの強い信頼を武器に、選挙期間中の過激な公約の実現を目指そうとしている。③NSC(国家安全保障会議)担当のマイケル・フリン補佐官は、独自の勢力を築こうと努めている。


1. 共和党チーム:ペンス副大統領、プリーバス首席補佐官、スパイサー報道官
2. ポピュリストチーム:バノン首席戦略官、コンウェイ顧問
3. 安全保障チーム:フリンNSC補佐官


ところが1月28日付のPM(大統領覚書)では、NSCの改組が打ち出された。特に注目を集めたのは、正副大統領や閣僚などで構成されるプリンシパル会議において、バノン首席戦略官が常任メンバーになったことである。
NSCは兵士の生死に関わる事項を扱う会議であるから、これまでは「政治スタッフは入れない」ことが不問律であった。かつてブッシュ大統領の参謀と呼ばれたカール・ローブ補佐官でさえ、NSCには出入りしていない。またオバマ大統領が腹心デイビッド・アクセルロッド上席顧問を出席させたところ、閣僚から顰蹙を買ったという事例もある。これらの前例があっさり破られたということは、「バノン恐るべし」ということになる。


●「ポピュリスト路線」の正体を考える
保守系ニュース会社会長だったスティーブ・バノン氏、そして世論調査担当のケリーアン・コンウェイ氏の2人は、選挙戦も押し迫った昨年8月からトランプ選対を任されることになる。大統領選挙の長い歴史において、選対本部長を2回もクビにしたのは前代未聞だが、”You’re fired!”を決め台詞とするトランプ氏はこれで「3度目の正直」を引き当てる。紙一重であったが、11月8日にはヒラリー・クリントン候補を破ったのである。
おそらく当人も、本当に勝てるとは思っていなかったのだろう。事実、11月中旪になっても、「トランプ・オーガニゼーション」をどうするかが決まっていなかった(最初から大統領になるつもりであれば、会社を手放す覚悟は出来ていたはずである)。あらためて大統領になって何をしたいかといえば、それもハッキリしていなかった。もともと一切公職に就いたことがなく、政治的な立場も揺れ動いてきた人物である。米国政治史上、最強のアウトサイダー大統領と言ってもいいだろう。
トランプ氏のツイッターを遡って読んでいくと、12月には8つの州で”Thank You Tour”と称する遊説旅行を行っている。オハイオ(12/1)、ノースカロライナ(12/7)、アイオワ(12/8)、ミシガン(12/9)、ウィスコンシン(12/13)、ペンシルベニア(12/15)、フロリダ(12/16)、アラバマ(12/17)と、いずれも共和党が制した激戦州ばかりである2。どこへ行っても盛大な歓迎を受けた。トランプ氏はおそらくこの時期に、「自分を支持してくれた人々のための政治をやる」という覚悟を固めたのではないか


米国生まれの政治学者、蓑原俊洋・神戸大学教授の指摘が示唆に富んでいる。「リアリティー・テレビで鍛えられた彼は、勝利を意識せず、有権者が聞きたいこと、喜ぶことを前提に『本心』を語った」3。つまりトランプ氏には、これといった政治理念や主張があったわけではない。だが、エスタブリッシュメントには見えない有権者の姿が見えていた。「忘れられた人々」(Forgotten man and woman)の声を聴くことができたのである。
例えば世論調査を見ると、1月27日のExecutive Orderによる「イスラム圏7か国からの入国停止」という措置に対し、回答者の半数以上が「賛成」と答えている4。既成の政治家やメディアにとって、これは意外な反応であったことだろう。ところが天性のポピュリストであるトランプ氏は、彼らの「ぶっちゃけ」のホンネを読み取ることができたのだ。
もっとも彼自身が、心からそれに同意しているかどうかは分からない。昨年、ワシントンポスト紙が緊急出版した『トランプ』(文芸春秋社、原題名”Trump Revealed”)を通じて彼の半生を振り返ってみても、戦略や首尾一貫性には乏しく、方向転換もしょっちゅうである。またそういうときに、過去を悔やんだりもしない人のようである。
おそらくペンス副大統領やプリーバス首席補佐官は、トランプ政権が現実的な方向を目指すように仕向けたことだろう。しかしバノン戦略官、コンウェイ顧問といったポピュリストチームが「選挙公約通り」の路線に誘導し、そちらが勝った。その結果が、「3週間で23本の大統領令」だったのではないか。
バノンは組合員労働者の家庭に生まれ、ハーバード大学を出て海軍に進み、ゴールドマンサックスを経て「エスタブリッシュメント」に成り上がった。映画ビジネスで活躍し、保守派サイト「ブライトバードニュース」を立ち上げた、という不思議な経歴の持ち主である。米国保守主義思想に詳しい会田弘継・青山学院大学教授は、新潮ウェブフォーサイト「国際論壇レビュー」で「トランプの『黒幕』バノンの世界観」について詳しく述べている5。その結論部分を抜き出すと以下のようになる。
(1)グローバル資本主義への不信と一種の階級闘争史観
(2)グローバル化現象の中での国家主権回復への強いこだわり
(3)制度腐敗と戦争前夜を強く意識するキリスト教終末論に近い時代認識と文明衝突観


●トランプ政権のベスト&ワーストシナリオ
「ポピュリストチームが動かしているトランプ政権」と聞くと、何とも先行きが不安になってくる。とはいえ、トランプ氏はもともと「本心」があってないような人物である。うまく行かないとなったら、平気で「共和党路線」に乗り換えることだってあるだろうし、政治に飽きて大統領職を放りだしても不思議はない。
ちなみに、大統領選挙中に何度も引用した英国のブックメーカーのサイトでは、最近はこんな賭けが行われている。
*Will Trump Resign?(ドナルド・トランプは退陣するか?)
           No 4/11 (1.36倍) Yes 15/8 (2.87倍)
*Will Trump be Impeached in his First Term? (トランプは1期目の途中で弾劾されるか?)
Yes 2/1 (3.0倍)
*What year will Trump cease to be President? (トランプは何年に大統領を辞めるか)
2020 or later 4/9 (1.4倍)
2017 4/1 (5.0倍)
2018 6/1 (7.0倍)
2019 9/1 (10.0倍)
トランプ政権の将来を予測する際には、意外と米国大統領の歴史が役に立ちそうだ。
ポピュリスト大統領の成功例を探せば、第7代のアンドリュー・ジャクソン大統領(1829-37)が思い当たる。初めての平民出身の大統領として、「ジャクソニアン・デモクラシー」の異名を取った。大統領が身近な人間を閣僚に指名するSpoils Systemはこの政権に始まる。高い人気のままで2期8年の任期を勤め上げたが、暗殺未遂にも遭ったし、1票差で辛くも弾劾手続きを逃れたこともある。
逆に悪い例を探せば、第29代のウォーレン・ハーディング大統領(1921-23)がぴったりだ。偉大な理想主義者ウッドロー・ウィルソンの後に、「平常への回帰」を掲げて当選した。行った政治は富裕層減税、保護貿易、移民制限と見事に今と重なってくる。ところがハーディング政権は腐敗を批判され、本人も任期中に死亡してしまう。その後はクーリッジ副大統領が昇格し、米国社会は繁栄の20年代を迎えることになる。
不思議な偶然だが、ともに19世紀と20世紀の「20年代」を飾った大統領である。多尐こじつけ臭くなるが、米国政治は100年周期で「ポピュリスト大統領」を生み出すのではないだろうか。だとしたらトランプ政権の将来は、「最善でジャクソン、最悪でハーディング」と考えておくと良いかもしれない。


<今週のThe Economist誌から>
”Better than a wall” Finance and economics
「壁よりもお勧め」 February 4th 2017
* “The Economist”誌の経済コラムから選んでみました。NAFTAについての「まともな議論」ですが、最近はこういう論旨を聞くとホッとするものがあります。
<抄訳>
NAFTAは昔からポピュリストの攻撃目標である。1992年選挙ではロス・ペロー候補が、メキシコが米国の雇用を奪うと訴えたものだ。右翼の陰謀史観はNAFTAは北米連合への準備段階だと説いた。トランプもご多分に漏れず、「この国が認めた最悪の取引」と呼んだ。支持者の声も最近は弱々しい。が、破棄したところで各国の利益になるわけではない。
米加が二国間協定を締結後、メキシコとの交渉を始めたのは1990年のこと。94年の発効後は、半分以上の工業製品で関税が撤廃された。さらに15年間かけて全工業製品と農産物の関税が撤廃。もしもTPPが発効すれば、3カ国の経済はさらに自由化されよう。
貿易障壁を減らすことで「北米工業圏」を強化し、欧州やアジアに対抗することを目指したのだ。労働コストが安いメキシコにサプライチェーンを移すことで、米国企業は国際競争力を強化した。そしてメキシコの生活水準が向上し、北への移民が減ることを望んだ。
NAFTAは災難などではない。20年間で北米は経済統合が進んだ。米墨間の貿易額はGDP比1.3%(94年)から2.5%(15年)になった。メキシコの1人当たり所得はPPPベースで1万ドルから1.9万ドルに伸びた。米国への移民の数も、年間50万人からほぼゼロに減った。しかるに失望もあった。米国に比してメキシコの所得はさほど伸びなかった。
予期せぬショックもあった。94-95年のペソ危機と08年の国際金融危機は二国間貿易に打撃を与えた。9/11後は米国の国境管理が強化され、人モノの移動コストが上がった。中国経済の急成長も影響し、全世界輸出の13%、工業製品の25%を占めたのも誤算だった。
米国労働者の問題はNAFTAのせいではない。NAFTA抜きでも製造業の雇用は減尐した。ドル高と輸送と通信手段の進化は海外生産を促進し、オートメ化も雇用減を加速した。
それ以上に北米の地理が重要だ。3200キロの国境線を持つメキシコにとり、米国が最大の貿易相手国になるのは必然だ。家族や文化のつながりは両国を接近させる。メキシコの対米依存は深まるし、米国も世界第10位の人口、15位の経済を持つ隣国から利益を得る。
豊かなメキシコはより多くの米国製品を購入し、アイデアや才能や革新を提供してくれる。移民管理や外交関係にも適している。高関税を望むのは短期視野過ぎる。南方を絶縁する壁など存在しないし、米国民の生活はメキシコ1.25億人の隣人とつながっている。
グローバル化がゼロサムだと見る米国人は非難しがたい。所得の低迷、不平等の拡大、政府の怠慢などがポピュリストの土壌を生んだ。だからNAFTAが悪者に見える。それは生活水準の上昇は双方にプラスであり、成長は共有できることを説明しなかった米国指導者のせいでもある。それを理解できないと、リオグランデ川の両岸がともに不幸になる。


<From the Editor> 日米首脳とゴルフの物語
今年は「丁酉」(ひのととり)。60年前の「丁酉」には、岸信介首相による米国訪問が行われました。
1957年6月19日、ホワイトハウスで首脳会談を終えた岸首相に対し、アイゼンハワー大統領は「午後は予定がありますか?」と尋ねた。当時の外遊日程はまことにゆったりしたもので、岸は「別にありませんが…」と答える。「そうか、それではゴルフをしよう」
岸とアイクが向かったのは、ワシントン近郊の名門「バーニングツリー・カントリークラブ」。1ラウンドを終えて、ともにシャワーを浴びた二人は、ロビーに戻って新聞記者たちに囲まれた。感想を求められたアイクはこう答えた。
「大統領や首相になると嫌なやつとも笑いながらテーブルを囲まなければならないが、ゴルフだけは好きな相手とでなければできないものだ」
(以上、産経新聞2015年9月18日「安保改定の真実」第3回から。次頁の写真も)
安倍首相の頭の中には、長らくこの故事があった模様です。このとき、2人と一緒にラウンドしたのは、日本側が松本滝蔵官房副長官、米国側はプレスコット・ブッシュ上院議員(そう!お祖父さんブッシュ!)でした。4人のスコアは、アイク74、松本98、岸99、ブッシュ72と米国側の圧勝でありました7。
2006年11月のAPEC首脳会議に出席した安倍首相は、この時の写真をブッシュ大統領にプレゼントしたのだそうです。翌年4月に訪米した際には、いかにも「かつての首脳の孫同士による日米ゴルフ」が実現しそうでした。ただしこのときは、イラク情勢の悪化に加え、米議会での「従軍慰安婦決議問題」があったりして、2人ともゴルフどころではなかったようです。そして安倍さんは、それから半年後には退陣してしまうのです。
2012年12月に首相に返り咲いた安倍さんは、再選されたばかりのオバマ大統領との日米首脳会談を目指します。翌年2月22日に実現した訪米では、日本のTPP交渉への参加が決まるなどの成果を得ます。このときに、人気沸騰の「山田パター」がお土産になったのは有名な話です。もっともオバマさんは、ゴルフは好きだけどビジネスライクな人なので、「一緒にプレイしようよ」というお誘いはついにありませんでした。
さて2016年11月17日、安倍さんはトランプタワーを訪れて、当選が決まったばかりのドナルド・トランプ氏と会談します。このときのお土産は、「ホンマのベレスS05ドライバー(ゴールド仕上げ)」でした。
ここから先は筆者の想像ですが、安倍さんはここでも「うちのお爺さんが…」という話をしたのではないかと思うのです。すると相手はトランプさんですから、「よしっ!だったら俺と一緒にゴルフをしよう!」ということになったのではないか。
7 日本側は時差ボケもあったのかもしれないが、いかにも誤魔化しているようなスコアである。
「それなら是非、バーニングツリー・カントリークラブで…」
「ダメダメ、1~2月のワシントンは寒くてゴルフなんてできないから。まあ、任せとけ。俺がいいところに連れてってやる」
という会話があったかどうかは知りませんが、とにかくこの週末、お二人は日米首脳会談後にトランプ氏のフロリダ州の別荘Mar-a-Lago(別名「冬のホワイトハウス」)に移動し、念願のゴルフをプレイするようです。安倍さんにとっては、まさに「3度目の正直」で実現した日米首脳ゴルフということになります。
60年前の岸―アイク間のゴルフは、終戦からまだ12年しか経ておらず、その前年末にやっと国連に入れてもらったばかりの日本側には、情けが身に染みるような好意だったことでしょう。ただし冷戦まっただ中の米国としては、日本を繋ぎ止めるために一芝居打つ必要があったという側面も忘れてはなりません。
それでは2017年の安倍―トランプ間のゴルフは何を意味するのでしょうか。来週になればさまざまな評価を受けるでしょうが、ひとつだけ確かなことがある。それは「ゴルフは好きな相手とでなければ…」という時代を超えた真理であります。





GDP成長見込める新産業「遊び」「ギャンブル」「エンタメ」
NEWS ポストセブン 2/24(金)

 日本経済の不調が長らく唱えられているが、停滞ムード漂う世界の中で、日本だけが元気だという論文を欧米の経済誌や外交誌が相次いで掲載している。双日総研チーフエコノミストで、『気づいたら先頭に立っていた日本経済』(新潮新書)の著者・吉崎達彦氏が、不思議に安定している日本がこれから取り組むべき第4次産業の拡大と、「遊民経済学」について解説する。
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  日本が当面増え続ける社会保障費を工面するためには、GDPの成長が欠かせない。そこで成長が見込める新産業が必要になるのだが、私が声を大にして言いたいのが、「遊び」「エンタメ」の重要性だ。
 お役所仕事のように渋々やらなきゃいけないサービス業をこれまで通り第3次産業と呼び、お客さんがニコニコしているものを第4次産業と呼ぶことにする。この第4次産業を拡大すること。これが私の提唱する「遊民経済学」の根幹だ。
 その一例としてギャンブルがある。何を隠そう、私は毎週末通うほどの競馬好きだ。私は競馬などのギャンブル産業も、成長分野になると考えている。
 通称カジノ法ことIR法が成立し、実現に向けて本格的な議論が始まった。カジノを含む大型リゾート施設を東京圏と大阪の2か所に設置することの経済効果は、直接的なものだけで2兆円にのぼるとみられている。依存症の問題や治安悪化などが懸念されているが、新しいものには多かれ少なかれ拒否反応は出るものである。日本的なおもてなしの精神を加味して育てていけば、ギャンブルも有望な成長分野になるだろう。
 ツーリズムもインバウンド市場の活況により成長産業としての可能性が再認識されている。せっかく新幹線網、高速道路網がこれだけできたのだから、日本人もそれを使ってもっと遊べばいい。自分自身が遊ぶことで、「遊び需要」を喚起する仕事のアイデアも浮かぶというものだ。
 ただ、いくら「もっと遊ぼうよ」と言ったところで、真面目な日本人には老後の不安から抜け出せない心理的バリアがあるのも確かだ。しかし、そんな日本人の特性はそれほど伝統的なものではない。江戸時代後期に成立した落語の三遊亭一門の「三遊」とは、「飲む、打つ、買う」に由来する。私たちにはそういう遊びのDNAも受け継がれている。今やるべきは、働き方改革より「遊び方改革」なのだ。
 遊民経済学の範疇には観光やギャンブル、エンタメ産業はもちろん、冒頭に述べた飲食業、「感動」という意味では冠婚葬祭業界も含まれる。このように考えていくと、「遊び」をキーワードにすれば、もっと開拓可能なフロンティアはあるはずだ。これまでのやり方を変えて、独自な道を行くと覚悟を決めれば、日本がこれからも世界の先頭を走っていくことは十分可能だろう。