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★コロナと検察法改正は権力闘争…「週明けの検察法改正強行採決に反対します」(倉山満、山村明義チャンネルくらら書き起こしメモ)

▼「検察改革」の名のもとに政治がずっとこの10年、手を加えようとしてきた…。安倍内閣は検察人事に介入しまくり、5年間やり続けている。▼検察法改正の本質は権力闘争、黒川VS林&稲田▼安倍擁護論のことを聞きたいなら、門田隆将さんだけ見てればいい。これ、公平にいっておきます。検察のことがわかるジャーナリスト。▼上川陽子。森雅子、山下貴司さん。弁護士資格を持った人たちが本省をコントロールしようとしていた経緯がある。▼菅官房長官を追うと黒川氏。



法務検察ダービー
元をたどると、安倍内閣は検察人事に介入しまくり、5年間やり続けている。
その中で黒川さんという今東京高検検事長というナンバー2になった人が出世し続けて、
出世を阻まれたのが林真琴という名古屋高検検事長。


林さんが検察の本流で、将来の検事総長と思われていたが、
黒川さんが油揚げかっさらうような感じになって、
じゃあどうなんだって話で、
検察ウォッチャーといわれる人全員が、それ5年間追い続けてきた

まずここから否定する人いるんだが…


林さんは3回官邸から人事けられてい
3回①法務省官房長②事務次官③東京高検検事長
当時から、なぜかいじめられる構図になったので、
だからそれが悪いという話になってくるが、


人事は恣意的なものであってはならないという原則がありますので、
それを露骨にみせると、官邸もまずいわけです。
(でも、見せまくっています。)


国民が(検察人事に)注目しないのを良いことに、
検察ウォッチャー全員見てて、これはなんだと

だから(本音は「官邸が人事介入するのだ」というのがあるにしても、)、
建前とし建て付けから、そういう風(官邸の人事介入が露骨にみえるよう)になってしまったら、これ問題ということになってしまうので、
そこを勘違いしないほうがいいと思う。



だから、プロのポジショントーカーという人たちがいて、
これは左翼の陰謀だって…あの人たち分かって言っていますから、商売ですから…
あの人たちはわかっていますから
分かった上で言うのと、わからないでいうのは、わかったほうがいい。



分がいうこと無条件で信じる信者を作る商売でやっているので、
官邸から聞いてきたぜーとか、
官邸がそう言っているからとか、
冗談みたいなジャーナリストの風上にも置けないようなというか 言論ゴロというか


だから検察の自分自身厳しいにも厳しい「秋霜烈日」の検察バッジの話とか、
そういうことはジャーナリストであれば、当たり前に勉強する
何も勉強してない人が、
ああでもないこうでもないというから、
余計ややこしくなって炎上する
…私はそういう話だと見ています。


(倉山)
唯一私に比べ、検察の問題をわかっていて、
安倍内閣をかばっている人(ジャーナリスト)は門田隆将先生ただ一人、
この本「検察庁の近現代史」で、門田先生の本をかなり参考にさせていただきましたが、
検察人事ってめちゃくちゃ難しい。
はっきりいって、黒川林問題は最後にエピローグで出しただけで現在進行形だけど、
それでやりだしたら、モウ一章できちゃうぐらい。


モウ一つ難しいという問題があって、
この本書いた後に、私がわかってきたことがあるぐらいなので、
この本に読みこなせてない人の評論は、無価値。


どうしても安倍擁護論のいうことを聞きたいなら、
門田隆将さんだけ見てればいい。これ、公平にいっておきます。


あの方はちゃんと検察も見られています。ほかの人はにわかです。素人です。


検察裁判官。司法を一体化した人事も見なきゃいけないし、
歴史的から見ると、伊藤栄樹(いとうしげき)さんという方が有名な方で、「秋霜烈日」という本を書かれている。ジャーナリストにとりバイブルです。
あの方は海軍出身ですが、何をやられたかというと、ロッキード事件とか。
それで、戦後ちゃんと検察を立て直す名のもとに赤レンガ組を追いやったり、
いろいろ経緯が本に書かれてて、必読の書です


この「秋霜烈日」読んでないジャーナリストが、
「わーっ」て喋っているのを見ると、
何言っているのかなと私は思う。


今安倍さんにかかわっていている人で、この本読みこなせるの門田隆将さんただ一人。
今回全員素人断言します。
公開討論したら小指で勝てます。読者と同じレベルの発信者は無視していい。



話戻すと、検察ウオッチャーは基本的に菅さんを追っていったら、黒川さんが毎回いると言うのに気づいた。そういうことです。


例えば政界の話で言うと、
上川陽子さん。森雅子その前には、山下貴司さん。
弁護士資格を持った人たちが本省をコントロールしようとしていた経緯がある。


たとえば山下さん、アノ人ずっと修習生時代から林さんにすごい鍛えられて、
(いじめられた説もありますが、)そういう経緯があってなにくそと思っている人たちもいる。…


なにげに、すごいスクープです。山下貴司 いじめの逆恨み…
いやそこまで言いませんが、…はい、そういう一足飛び解釈やっちゃいけませんよというたとえ。


さて、
司法修習所から教官が林さんで、ずっと法務大臣になって、
自分が上司に。
だから検察内部には、「面白くない」という気持ちがマグマのように溜まってたり、
私聞いている話、いろいろ法務と検察と官邸の中にあって、
官邸の代表格が菅官房長官。


山下さんの話は後でゆっくりやらせていただきたい、いきなりぶっこんでこられたんで。
(これ本質…。)



菅官房長官を負うとなぜか必ず黒川さんが出てくるかって、
小渕優子さんとか甘利明さんとか
相当もろもろ、ことごとく事件になってなかった、
それで 消費増税して景気が悪くなり始めている時に、IR 問題が起きて、
黒川さんもとうとう定年で終わりかと思ったら、(送別会まで決まっていたのに)
誕生日1週間前に突如閣議決定。
もっと前段を言えば
大阪地検フロッピー改ざん事件
村木事件
 があって、
とにかく検察側もいろいろ失態をおかしている。


「検察改革」の名のもとに政治がずっとこの10年、手を加えようとしてきた…。
ここを抑えておかなきゃいけない。


黒川さんが突如として
定年になるのが決まっていたのに
誕生日1週間前になって延長され…おかしいじゃないですか。


野党が質問して当時森まさこ大臣です。
答えられない…。
武田良太 


安倍内閣何考えているかわかんない。
ただ一つモリカケ桜 IR 河井とあって、
これから他捨てて、森友はとっているところあるが、
他3つ加計と桜と IR 捨てて、
河井事件だけは検察は狙っていますという感じで、
ホントよくぞここまでというぐらい、
広島検にどんどん東京地検の検事を投入するとか、
大阪地検でやるって最初を聞いていたが、東京地検どんどん投入しています。
稲田総長が鉄の意志で…おっしゃってた。稲田は負けないって ほんと十重二十重で


田母神さんなんて、軽口一言言ったのがビデオに残っていて、それが証拠で有罪です。
そのくらいの証拠で有罪なら、10回20回ぐらい河井夫妻有罪にできるぐらい証拠固めしていて。
コロナで埋もれちゃいけないので、逮捕するタイミング待っているだけです。
だから携帯電話の中に誰と付き合ってたとか、リークするとか。
どのくらいのレベル、これは検察しか知らない情報が漏れているのは、
逆にリークのレベルで、検察の本気度がわかる。
ただし、これはいいか悪いかは別。
プライバシーに関わる情報を出していいのかという問題。
携帯を見たら、セフレが3人とか。
だからそういう状況でていること自体、
本当かどうかは別として、リーク間違いないと思います。


6月17日が会期末ですが、
河井夫妻の逮捕は国会会期中OR終わった後


そこが難しいところで、
一応国会会期中一応今国会は6月17日です。
で延長するかそれから無期限の今回通年国会にするとの議論がありますが、


ともあれ逮捕許諾請求は国会会期中までに出すかどうかを決めなきゃいけないわけです。
検察のカギが東京地検特捜部であって、実はそこの森本宏特捜部長が、変わってない。
後輩が出世したのに、変わってないって。スゴイです。
検察の本気を感じ取っているから、
色々微妙ににわかに水面下で動き出していることが本質の話であって、
それで、我々安倍さんはコロナ騒動をほったらかしにして、
検査人事に熱中したって言いまくったじゃないですか。
どこでそれみたんだ…っていわれて、見たまんまじゃないですか。
歴史見てたらこれは明らか。
ほんと安倍さんコロナ騒動をほったらかしで検察人事熱中している。
この緊急事態宣言になってはっきり危機が続いてたら、
森雅子の答弁崩壊止まっているわけで、と見ないといけないわけで、という中で、
こんなこと(検察法改正)ぶっこんできて



河井さんの件はこれ駆け引きなので、わからないという結論?。
予想は私もしないようにはしているが、
ただここまで追い詰められている以上、河井案理だけじゃなくて、
夫妻まとめて行きたいと検察は思っている。
とある国会自民党議員に 河井氏かばう人いませんよと
「かわいそうでは」と聞いたら、これ永田町の論理ですと。
河井夫妻は人望がない?結構いろいろいじめられたという国会議員が、与野党ともにいます。
感情論じゃなく やるかやられるか



ポイントは権力闘争
コロナも検察人事も一つ権力闘争

サヨクの人たちが三権分立もそうですが、
検事総長は総理大臣を逮捕することも出来るって…それもどうなのかなと思う。
それもロッキード事件のころの稲葉さんが指揮権発動(逆指揮権)とか、
そういう歴史的経緯を知らない人の話で、
総理大臣の逮捕はめちゃくちゃ難しいのです。


犯罪を犯している安倍総理は、森友で逮捕されて当然だというが、よくわかんない件で、
一応制度上は総理大臣の逮捕許諾請求できるが、
総理大臣も含めて、大臣の逮捕許すのは総理大臣です。


鳩山由紀夫内閣の時、『子供手当』って話題になった。4億円の子供手当、
はっきりいって脱税じゃないですか。
検察が鳩山由紀夫総理大臣を逮捕したいですけどって言って
さすがに鳩山由紀夫でも、「いいよ。僕を逮捕して」て言わないよ、
だから、検察は総理大臣逮捕する権限もあるというアジテーションが過ぎるなと思って見ている。
出来ること出来ないこと 分けないと。


とにかく、これはコロナも含めて権力闘争だろうと、
コロナと検察法改正は権力闘争ということ、


(続く)



参考

目次
秋霜裂日(造船疑獄事件―土光さんのこと
武装ギャング団事件
船上密室殺人事件
海上保安庁汚職事件
造船疑獄事件・補遺
日興連汚職事件
テーブル・ファイヤー事件
警視庁防犯課汚職事件
売春汚職事件
東洋製糖事件
富山水道汚職事件
鮎川派選挙違反事件
交通切符制度の創設
裁判所・検察庁の統廃合
「松本楼」放火事件
日活ロマン・ポルノ事件
トイレット・ペーパー事件
運転免許のこと
連続企業爆破事件
ハイジャック事件
ダグラス・グラマン事件
ロッキード事件
捜査余話
検察の限界)
海外司法事情報告(北欧所見
西ドイツ連邦司法省訪問とその前後
刑事局長ジロラモ・タルタリオーネ氏
日本法務・検察代表団訪中記)


・・・
レビュー一部ピックアップ
「巨悪は眠らせない」、ロッキード事件の際の「初めに五億円ありき」等の名文句で知られた「ミスター検察」こと伊藤栄樹氏の病床回想記。勿論、有名事件を数多く扱い、検事総長まで登り詰めた検察官の回想記としても読めるが、ガンと闘いながら、自身の生涯に想いを馳せた一老人の回想談としても読める。文章家としての能力も高い。


読み出して分かった事だが、事件の際の政治家との折衝、検察側の手の内、警察との関係等、こちらが知りたいと思う様な微妙な点については、当然ながら細かくは書かれていない。それでも、造船疑獄の際に指揮権発動が行なわれた悔しさ、若い日にガムシャラに事件に当たって行った日を懐かしむ想い等が伝わって来る。「女は分からない」との述懐もある。また、船上での密室毒殺事件、一枚の葉書に貼られた切手の新旧が決定的証拠となった贈収賄事件等、ミステリの様な事件も紹介されていて興味深い。また私には、「「巨悪」に立ち向かうのは東京地検」と言った単純な図式があったが、「検事認知事件」として特別に扱う手法が選択的に採られる事を知った。警察を使わず、検事と事務官だけ(総勢90名)で事件に対応するのである。著者が所謂「交通切符」の創設者と言うのも驚き。日活ロマン・ポルノに対する考え方には意外にも柔軟性がある。自白のメカニズムの説明は楽観的とも思えるが、著者の人柄が出ていると思う。ただ全体的に、著者しか知らない秘密をもっと明かしても良かったのではないか。


検察自身も巨大な権力機構である。その中での、公平性・中立性の保ち方、権力闘争等にも興味があったのだが、身内の事と言うせいもあってか殆ど触れられていなかった。これも含めて、題名の割には検察官職務の厳しさが伝わって来ず、総花的印象を受けるが、執筆事情からすると止むを得ない所であろうか。




序章 巨大権力
第1章 司法省
第2章 平沼騏一郎
第3章 「憲政の常道」から敗戦へ
第4章 占領期
第5章 指揮権発動と“眠る"検察
第6章 黒い霧事件と田中金脈政変
第7章 ロッキード事件
第8章 リクルート、竹下登、大蔵省解体


「 恐喝代議士、政界のマッチポンプと言われた 」田中彰治、
「 日米安保条約を憲法違反と断じた 」、伊達秋雄裁判長、
「 ( 死刑執行の書類に )絶対にサインをしない 」赤間文三法務大臣・・
村木厚子女史を嵌めた、大阪地検特捜部の前田恒彦主任検事
光市母子殺害事件で
「 『 100回負けても、101回目をやる 』
絶望する遺族を励ました山口地検の吉池浩嗣三席検事 」


「小さな正義を積み重ねよ(実践せよ)」とは、
現代日本の司法における今までの「瑕疵」を、この本に書かれた検察の歴史を軸にして考察し、まさに「司法は本分に戻れ」


法治国家においては,裁判は被告人を裁くのではなく,検察の起訴,手続きが適切・妥当であるかを裁くものであるという.日本において99.9パーセント検察が正しいということは一体どういうことなのであろうか.起訴した件は絶対に有罪にする.反対に有罪がおぼつかない件は起訴しない.「疑わしきは罰せず」を裁判に委ねるのではなく,検察の判断・裁量で行っているのである.巨悪が見逃され,微罪でもって社会的に葬られるのではたまったものではない.近頃検察,検察出身者の不祥事,勘違いと思しき行動が頻繁に伝えられる.検察には小さな正義を貫いてもらいたい.



■真実の秋霜烈日
検察と聞いて、通常思い浮かぶイメージといえば何でしょうか?
”巨悪を眠らせない””秋霜烈日”に象徴される、社会正義の担い手でしょうか?
それとも自白を強要し、無実の人間に罪を擦り付ける、さながら異端尋問官のような存在でしょうか?
「検察」という言葉から想起される、この極端なイメージの違いは何もTVドラマや小説の影響というわけではなさそうです。


日米の検察制度を比較考察した『アメリカ人からみた日本の検察制度』(デイビット・T・ジョンソン、シュプリンガーフェアラーク東京)によれば、専門家の間でも
 「日本の検察官のこそ日本の犯罪の抑制の成功をもたらした鍵であり、また犯罪者の更生、被害者の再起、および正義の実現というたぐいまぐれな高い能力を有するもの」
とみなす論者もいる一方、
 「頑固で、利己的で、恣意的に情け深いだけの役人で、”全能の神のごとく振る舞い”たがり、裁判官により本来保有されるはずの権限を簒奪し、それを行使して被疑者、犯罪者、そして被害者の権利を踏みにじってきたもの」
とみなす論者もいるのだそうです。


■法的分裂症~下向きの法律は上向きの法律より強い~
身近な権力であり巨大官庁といえば警察ですが、検察庁は警察をも上回る強力な権限を持っています。
検察の権力の源泉といえば、捜査と逮捕。この二つは検察も行うことができますが、起訴は検察にしかできません。
警察が逮捕した被疑者を起訴するかどうかは、検察の一存、匙加減一つです。
そういう意味においては、検察が巨大権力を有していることは疑いようもありません。


では、それが街で起きるような「通常の事件」とエリートによる「知能犯罪」に対して全く同じように当てはまるのかというと、必ずしもそうではないようです。
『アメリカ人からみた日本の検察制度』の著者デイビット氏は、


 「日本の検察は”深刻な法的分裂症”に置かれている」と指摘します。


法社会学の命題の中でも最も有名で、かつ、最も広く引用されるものの一つに「下向きの法律は上向きの法律より強い」というものがあるのだそうですが、日本では特にこの傾向が顕著だというのです。
 「日本の警察・検察は、通常の事件に対しては、他国と比べてもはるかに多くの権限を与えられ、立件しやすい一方で、エリート犯罪者を立件するための手段は、まったくと言っていいほど与えられていない。それは、”小さな蠅(街の犯罪者)はつかまえるが、スズメ蜂(エリート犯罪者)は突き破って逃げてしまう蜘蛛の巣のよう”である。
 これは大抵の国で見られる症状であるとはいえ、日本はこの症状が”突出”しており、その深刻さにおいて、”特別”である」
と。


確かに本書『検証 検察庁の近現代史』でも描かれている疑獄事件の数々を思うと「法的分裂症」というデイビット氏の指摘もうなづけます。
戦前から幾度となく大きな疑獄事件が発生しますが、事件の中枢にまで検察が切り込んだケースというのは決して多くありません。 
一般に知られる造船疑獄での「指揮権発動」など、あからさまな政治の介入があったケースもありますが、その一方で法が及ばないことで、秘書や傍流に過ぎない政治家の検挙で事件が収束してしまうことが多いのもまた事実と言えます。


とはいえ、数える程度ではありますが、検察が切り込んだ疑獄事件が時の政権をも倒したケースもゼロではありません。
本書『検証 検察庁の近代史』によれば少なくとも戦前に二回、戦後に三回の計五回、時の政権を倒しています。(シーメンス事件、帝人事件、昭電疑獄、造船疑獄、リクルート事件)
単純に”法的分裂症”だけが検察の抱える問題点というわけではなさそうです。
  
■仁義なき派閥抗争
本書『検証 検察庁の近現代史』が描き出す検察の歴史をみると、「検察の歴史とは派閥抗争の歴史でもある」と言っても過言ではないほど、その歴史は古く、その激しさは苛烈です。
特に、検察関係者の間でも語り草となっている昭和20~30年代にかけての木内騒動、それに続く馬場派VS岸本派による足掛け10年にも及ぶ派閥抗争は、凄まじいの一言に尽きます。


事の発端は、昭和25年、吉田政権下で大橋法務総裁が出した人事案でした。
既に検察内部で戦前の思想検察に連なる岸本派と、経済検察に連なる木内派がそれぞれ派閥を形成していましたが、その時点での序列は木内のほうが上でした。
ところが、大橋の出した人事案は、岸本を優遇し、木内を左遷するというあまりにも露骨な人事案であり、強硬に押し通そうとする大橋に対して、木内も反発し大騒動に発展。最終的には、木内が職を辞することで騒動が収まります。
とはいえ、これは序章に過ぎません。


木内が検察を去ったあと、岸本は検察トップである検事総長へあと一歩まで迫ります。ですが、岸本と木内直系の馬場との間では木内騒動以降も派閥抗争が繰り広げられていました。
この抗争の激しさに嫌気が差していた当時の検事総長・花井忠は、抗争の激化により組織が壟断されるのを恐れ、岸本を検事総長にしないことを決断。岸本は検事総長になれぬまま検察を去ります。
木内の遺志を受け継いだ馬場派の勝利で派閥抗争は終結したかのように見えました。


ところが、検事総長の道を断たれ、敗者となって検察庁を去った岸本は衆議院選挙に立候補、当選します。当時、自民党の実力者として副総裁の座にいた大野伴睦から「当選したら法務大臣にしてやる」と言われていた岸本は、
「当選したら法相だ。俺の選挙違反を手掛けた検事は全員沖縄送りだ」
「法相になったら、幹部は全員入れ替えする」
などと挑発的発言を繰り返します。


これを聞いた検察側は、「岸本が大臣として乗り込んでくるなんてとんでもない。選挙違反でその芽を摘み取ってしまえ」とばかりにそれまでにない規模で関係者を摘発。
200人以上が検挙され、岸本は法務大臣どころか、政治活動すら満足にできないまま次の選挙ではあえなく落選。その後まもなく旅先で療養中に病死してしまいました。


『検察の半世紀』によれば岸本の選挙違反というのは当時、「摘発を見送るのが内部的常識」といわれていた程度の軽微なものに過ぎず、「摘発すればほとんどの候補者が該当する」と言われていたそうです。


ちなみに岸本の後ろ盾であった大野伴睦を昭電疑獄の際に聴取したのは、馬場の子分にあたる河井信太郎検事でした。
「自分は無関係である」と突っぱねる伴睦に対して河井検事は「日本はこれでよいのでしょうか」と伴睦の正義感に訴えかけ、自白に追い込んだのだそうです。(一説には泣いて自白したとか)
「伴睦殺すにゃ刃物はいらぬ、大義大義と云えばよい」と言われるほど義理人情に弱かった伴睦の性格を見抜いた上での口上だったのでしょうか。
してやられた伴睦の恨み骨髄が岸本擁立の背景にあったのだとすれば、検察が岸本の復権を何が何でも阻止しようとしたのも頷けます。


■政局と検察~小沢VS竹下~
検察を語る上で欠かせないのは政治との関係に関するものでしょう。
そもそも「巨悪は眠らせない」を掲げる検察もまた官僚組織の一部です。いかに検察といえども究極的には「政治」という限界があることを飲み込まざるを得ないというのも、また一つの真実。
そのため、大抵の疑獄事件が事件の中枢に切り込むこともなく、うやむやのうちに終わってしまうことも無理なからぬことと言えます。
ですが、少ないケースとはいえ、政権を倒すほどの大事件に発展する場合もあります。
この”差”はどこから生じるのでしょうか。
そこには、国政の場における”政局”、”権力争い”というものが大きく作用しているように思えてなりません。


例えば、リクルート事件冷めやらぬ最中に起きた、東京佐川急便事件~五億円ヤミ献金事件~金丸脱税事件。
そこに見え隠れするのは、竹下氏に対するクーデターを敢行せんとする小沢一郎と、それに対して反転攻勢を仕掛ける竹下登の”血で血を洗う抗争”の構図です。


『小沢一郎vs.特捜検察、20年戦争』(村山治、朝日新聞出版)によれば、金丸氏が5億円の献金を認めて副総裁を辞職するとの報を受けたとき、竹下氏の裏の親衛隊長であった野中広務氏は


 「(これは)クーデーターやな」と直感したのだそうです。


野中氏が言うには、当時すでに金丸氏の庇護をバックに小沢グループが経世会を乗っ取ろうとしており、「金丸献金問題で揺れる経世会を竹下、金丸を放逐することで、一気に自分の手勢で乗っ取ろうとしていると踏んでいた」のだそうです。
突然の「5億円授受を認め、副総裁を辞任する金丸会見」も、経世会の反小沢派がすべてで払っている夏休みの時期をねらって、強行されたものであり、
 「この金丸副総裁辞任は、小沢派が主導権を派内で握っていくという意味でも重要だったが、世論、検察、国会の佐川急便疑惑をかわそうという狙いもあった。つまり、あの時佐川急便の献金名簿を公表するか否かが、大きな焦点となっていた。おそらく、佐川急便側の献金名簿には沢山の議員の名簿があったはずだ。そこを金丸さん一人で事態を収めようとしたと私は見ている」
と述べます。


当時、金丸氏の秘書であった生原氏もこう証言します。
 「そもそも、小沢さんと梶山さんは、田中角栄に反旗を翻して竹下派を立ち上げるときからの同志。仲もよかった。それが親父(金丸)の政治資金規正法違反事件への対応をめぐり、決定的に敵対するようになる。
小沢さんと竹下さんの関係もおかしくなっていた。
親父が自民党副総裁を辞任した8月27日の会見は、情報漏れの疑いがあって予定を急遽前倒ししたため、竹下さんは当日、河口湖の別荘に行ってゴルフをしており、連絡がつかなかった。小沢さんは、親父に「会長、こんなときに竹下さんはゴルフですよ」と言った。「やばいな」と思って、竹下さんの別荘に電話し、記者会見をすることを伝えたが、連絡がきたのは、会見が終わったあとだった。小沢さんは、親父と竹下さんの仲を裂こうとしているように見えた。」


この「小沢クーデター説」は検察内部の報告書からも伺えます。
検察と折衝するうえで、小沢氏が弁護人として付けたのが検察OBの安部という弁護士でした。
検察が金丸本人の寄付の量的制限違反が成立するとの判断に達したこと、その判断を安部氏に伝え、取り調べに応じるよう求めたところ、安部氏は


 「金丸は罰金には服さないと主張している」


 「金丸氏は『俺は責任をとった。罪を認めている。なぜ、俺だけやるのか。やるなら竹下ら他の者もやるべきだ、それなら出て行く』と言っている。」


と激しく反発したのだそうです。


結果的には竹下氏がこの問題に介入し、「上申書でまとめてください。徹底抗戦にこだわる小沢さんや佐藤さん(佐藤守良。竹下派事務総長で当時の小沢側近)は無視していい」と告げ、上申書提出での罰金処理を決断します。


万が一、小沢氏の徹底抗戦路線が成功していた場合、竹下氏自身に対しても捜査の手が及んでいたに違いないことは想像に難くないのではないでしょうか。


■殺しのペーパー、「キラー資料」~闇将軍からの贈り物~
この5億円ヤミ献金事件の処理、すなわち「20万円の罰金処理」で済ませたことに検察は世論から猛烈な批判を浴びます。「5億円の献金を受け取っておいて、20万の罰金で済むのか!」と。
そこに検察にとっては喉から手が出るほどの贈り物が国税庁からもたらされます。
それは金丸氏が保有する日債銀の割引金融債「ワリシン」に関する資料であり、金丸氏の不正蓄財の動かぬ証拠と言えるものでした。
この資料を見たときのことを当時特捜部長だった五十嵐氏は次のように回想します。
 「いや、もうグッときましたよ。これは立件できる。『おれはついてるな』と体が震えるような衝撃を受けましたね。(中略)金丸さんの関係では5億円ヤミ献金事件の処理などで世間からものすごい批判を受けていましたが、私は検察の処理として間違ってはいなかったと思っていた。ただ、検察批判を止めたい、それにはインパクトのあるいい事件をやるしかないという思いをずっと持っていました。」


『小沢一郎vs.特捜検察、20年戦争』によれば、この”キラー資料”は国税当局が税務調査を進める中で発見したものであり、国税庁調査査察部長だった野村氏は、土田正顕国税庁長官に相談。土田長官から「検察と協議しろ」との指示を受け、最高検の石川達紘氏のもとを訪ねます。石川氏はすぐに問題点を理解、土肥孝治次長検事、岡村泰孝検事総長と協議し、検察として捜査をすることを決めたのだそうです。


一見、受け流してしまいそうな何の変哲もないやり取りですが、『検証 財務省の近現代史』と『検証 検察庁の近現代史』で予備知識を持っていると、この一幕には目を見張ることが書かれていることに気づきます。
「検察と協議しろ」と指示した土田国税庁長官は、小沢一郎と結託した斎藤次郎大蔵省事務次官とは最後まで次官レースで争った人物です。(と同時に銀行局長時代は総量規制を実施し、バブル崩壊を招いた人物でもありますが)
捜査を決定した岡村泰孝検事総長も、梶山静六と結びつき、後にプロ野球コミッショナーになる根来泰周(東京高検検事長)とともに「KONトリオ」を形成する人物です。


つまり、キラー資料は、クーデターを仕掛けてきた小沢に報復せんとする”闇将軍”竹下が検察に宛てたプレゼント、”殺しのペーパー”だったのです。倉山先生も指摘されているように「現場の正義感も、竹下という巨悪の前では、釈迦の手のひらで踊る孫悟空でしかなかった」のです。


その後も「官庁の中の官庁」として絶大な権勢を誇った大蔵省は、自民党が政権に復帰した直後の90年代後半だけは、「ノーパンしゃぶしゃぶ」報道や巨額接待などが報じられ、嬲(なぶ)り者にされます。
リクルート事件で竹下内閣相手に孤軍奮闘した検察が、竹下派の走狗として大蔵省叩きに狂奔した結果でした。


■傷だらけの検察と信頼回復の鍵
竹下亡き後も小泉内閣の誕生、その後の自民党政権の凋落、民主党政権の誕生と失政、そして安倍政権の誕生と政局は動き続けますが、検察は竹下の走狗となり果てた代償を払うかのように次々と不祥事を引き起こし、その権威は失墜してしまいました。


「99.9%の有罪率を誇る精密司法」という謳い文句も、本書の冒頭で触れられている田母神さん事件での「これでは推定有罪ではないか」としか思えない起訴の仕方や、村木厚子さん逮捕に至るまでの証拠改ざん、隠蔽などを思うと空しい響きでしかありません。


特に、田母神さん事件においては、候補者の田母神さんが証拠もなく有罪とされる一方で、法廷という公の場で明確に犯罪を自白しながら、選対本部長のM島氏は検察から何の責任追及も受けていませんし、経済評論家の三橋貴明氏が今年2018年1月5日に妻を自宅で足をかけて転倒させ、顔を平手で殴ったり、腕にかみついたりして、約1週間のけがを負わせたことや、それと関連して過去にも複数回、妻に対してDVを働いていたこと、前妻に対してもDVを働いていた疑惑があるにも関わらず、特に捜査をすることもなく不起訴処分になっている様をみると、今の検察は、小さな蠅どころか、害虫の代表格としておなじみの”アイツ”並の大きさの犯罪すら捕らえ切れていないのではないかと思えてなりません。 


5億円ヤミ献金事件のときは、「デカいヤマをやれば検察に対する国民支持は回復する」と思えたかもしれませんが、現状においては、そんな単純なことで検察への信頼が戻るとは到底思えないのが実情ではないでしょうか。
  
凶悪犯罪に目を移してもそうです。ここ数年の凶悪犯罪を思い出すだけでも、神奈川県立の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」に元施設職員の男が侵入し、所持していた刃物で入所者19人を刺殺し、入所者・職員計26人に重軽傷を負わせた戦後最大の大量殺人事件である「相模原障害者施設殺傷事件」、ペルー人の男(犯行当時30歳)が、小学生女児2人を含む、住民の男女6名を相次いで殺害した「熊谷6人連続殺人事件」、「川崎市中1男子生徒殺害事件」など枚挙に暇はありません。


本書でも、光市母子殺害事件における「100回負けても101回目をやる」と遺族を励まし続けた山口地検の吉池検事の言葉が紹介されていますが、「裁判に勝てるから起訴する」「勝てないから起訴しない」などではなく、一つ一つの事件に正面から向き合うこと、「民心の安堵」を脅かす凶悪事件に対して毅然とした態度で臨むことこそが信頼回復への唯一の道ではないでしょうか。


伊藤博文が師事した国家学の大家、ローレンツ・フォン・シュタイン博士も次のように述べています。
 「『官職(アムト)』や『官僚』の語の真義は、裁判官職の性格から理解されよう。裁判官は法律上の権利以外に何ものにも服さず、それに則って自己の見解を形作り、正義を執り行う。
裁判官は武官と対照させられよう。
後者は「官僚」ではない。上司の命令をそれがどのようなものであれ、命ぜられるがままに受け入れなければならず、自分自身の意見というものは、それがどんなに正しいように思われても、もってはならないからである。
服従それのみが彼の任務の条件である。
国家官僚はそのようなものではない。それは単なる一種の執行機関として立法府や君主に依存した機械的装置ではないのである。
正真正銘の政府とは、独立の自律的運動体であり、自らのうちに権利や権力を包含している。機械的な執行機関がそのようなものとなれるのは、国家的生の意識がその中に萌し始め、そのメンバーの地位が単なる『役職』から真の『官職』へと変わっていったときである。」


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